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2008年6月

2008年6月29日 (日)

きっと大丈夫

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★我が家の庭で、歌うように、踊るように、咲く「オダマキ」

 

 

 

 

 わたしは、

 自分の経験を通して

 充分に感じた哀しみを

 痛みとともに心に刻み付けた

 

 だから、

 同じような苦しみの中にある人の

 気持ちが

 その哀しみが

 その痛みが

 よく分かる

 

 辛い経験だったけど、

 哀しみを感じきることで、

 楽になる

 

 哀しみの底に

 愛があるとわかる

 

 だから、大丈夫

 哀しみを感じても

 

 きのうの個人セッションで

 クライアントさんに

 そう伝えることができた

 

 ずっと胸に哀しみを押し込めていたクライアントさんは、

 「哀しみを感じていいんだと分かって、ほっとした」と

 涙ぐんだ。

 

 父親に暴力を振るわれた

 怖かった

 悲しかった

 

 本当は、甘えたかった

 

 胸に押し込めた自分の気持ちを

 ひとつひとつ

 丁寧に感じて、

 受け止めていく

 

 きっと大丈夫

 わたしもとっても楽になれたから

 

 父を赦し、自分を赦し、

 父も自分も愛せるようになったから

 

2008年6月28日 (土)

証明する必要なんかない

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★我が家の庭のラズベリー。口に含むと、甘酸っぱい切ないような味がする。

 

 

 

 6月27日(金)夜は、牧野先生の瞑想クラスだった。

 

 「ある経験から、条件付けが起こると、自分の中にルールが出来る、すると、自分の中にジャッジマンが出来る、そしてジャッジマンの言うことを無条件で信じてしまう自分になる。このように条件づけが私達の人生を支配している。条件付けを変えようとする必要はない。条件付けがあると認めることで、そこから解放される。特に子供の頃の条件付けは、人生に大きく影響している」ということで、

 

 今日の瞑想のテーマは、

「自分にどのような条件付けがあるか、はっきりと確認する」

 

 

 

 瞑想中、私は、

 ずっと

 ジタバタともがいてきた自分を

 思い出し

 感じていた

 

 私は、

 今まで

 自分の価値を証明するために、

 必死でもがいてきた

 

 もがいても、もがいても

 何かを必死でやっても

 

 もっと、落ち込む

 苦しかった

 なぜ?

 

 何かやらなければ自分の価値を証明できない

 という思い込み(条件付け)が

 私の中にあった

 

 私は、

 自分の価値を

 いったい誰に証明しようというのか

 

 だれが?

 私の価値を認めない?

 

 私だ

 

 私が私の価値を認めないから、

 いつになっても、

 満たされなかった

 

 なにをやっても

 満たされなかった

 

 ならば、自分が自分を認めるだけで、

 充分じゃないか

 

 

 私は、自分を否定し続けてきた自分を充分に感じた

 そして、自分を受け入れた

 

 もうそんなにがんばらなくていい

 私は、私を、受け入れた

 

 

2008年6月27日 (金)

辛くて泣きながらでも…

20080609

★我が家の柏葉紫陽花(カシワバアジサイ)

 2年前に小さな苗を植え、今年初めて花が咲いた。

 

 

 

 昨日、Nさんから、静和漢方薬局に電話があった。

 

 「私が確実に良くなって行くのを見て、母も漢方薬を服用したいと言っているので、宜しくお願いします」とNさん。

 

 

 

 Nさんは、子供の頃からアトピー性皮膚炎で、現在妊娠6ヶ月。一人目の出産後アトピー性皮膚炎が悪化し、二人目の妊娠3ヶ月のときに静和漢方薬局に来局した。

 

 Nさんのアトピー性皮膚炎の治る過程は、壮絶で、体中からジュクジュクと浸出液が出て、バスタオルを当てていても、1日に何度も取り替えなければならないほどになった。痒みも強い。本人はもちろんのこと、その症状を見守る家族は、とても心配したことだろう。

 

 Nさんも、私に電話してきたとき、余りの辛さに、電話口で、泣いたこともあった。

 

 その壮絶な状態を間近で見ながら、手当ても手伝ったであろうNさんのお母様が、「漢方薬を服用したい」と思ったことは、本当に奇跡のようで、私は心から嬉しかった。

 

 

 

 西洋医学での治療は、ほとんどの場合、「症状を抑え付ける治療」をするが、私の漢方薬局では、「体が自然に治る方向に手助けする方法」をとる。

 

 Nさんは、小便が近く、便秘もひどく、とても体が冷えていたので、気血を補い、代謝を上げ、体を温め、腸を元気にする漢方薬を服用して頂いた。漢方では、「肺」の管轄である皮膚と、「大腸」は表裏の関係にある。

 

 Nさんは、果物が大好きで、今まで体を冷やすものを沢山摂って来たが、それらを控え、身体を温める食べ物を摂り、半身浴をし、漢方薬を服用し、身体を温めた。 

 

 体を少し補って力をつけてあげると、体は勝手に治る方向に動き出し、皮膚からアレルギー物質を捨てる、これが皮膚のジュクジュクになる。

 

 

 

 多くのアトピー性皮膚炎の患者さんが治りたくて来局するが、「今より見た目の症状が悪化するのはイヤ」という方が多いので、当薬局の治療方針をお話して、納得して頂いた方だけに、取り組んでもらっているが、分かって下さる方は少ない。

 

 

 

 病気の意味って、なんだろう。

 

 

 病気の意味は、

 

 辛くて泣きながらでも、

 置き去りにした自分の心と、自分の体と、

 じっくり向き合う必要があることを、

 

 心が、体が、

 あなたに、訴えている

 

 そんなふうに思う。

 

 

 外に出て来たものを、

 抑え付けて、

 気付かないふりをしても、

 何も無かったことには、出来ないのだから…

 

 

2008年6月26日 (木)

ぷち・ぎゃらりー in 静和漢方薬局

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★静和漢方薬局に展示してあるドミニック・エザール氏の作品 

 静和漢方薬局にドミニック・エザール氏の2点目の作品が届いた。

 

 彼女は、日本の文化を愛するフランス人。食事は玄米菜食、古い日本家屋に住む。私の漢方薬局のお客様でもある。作品は、和紙、墨、古布、木、日本の古い家屋の雨戸や格子戸なども使う。

 

 今年3月には、フランス人のダンサー、マリ・セガラン氏と、ウッドベースの吉野弘志氏と、映像のヒグマ春夫氏と共に、ダンス・音楽・映像・アートによるインスタレーションのライヴを行った。

 

 私は、残念ながら、この空間全体を作品とする手法をライヴで見られなかったが、後日ビデオで見て、とても感動した。

 

 古い日本家屋の木の雨戸の間を、和紙の衣装を着けたダンサーが、能のようなゆっくりとした静かな動きで舞う。ダンサーは、時にはギャラリーから外に飛び出し、山の木々の間を自在に舞う。映像は、ダンサーの舞いを追い、その姿を雨戸に映し出す。

 

 映像と実物のダンサーと即興のウッドベースの演奏が、不思議な世界を作り出す。

 

 その会場の格子戸に、額も無く、無造作に展示してあった作品が、写真左手前の作品だ。墨で描かれた円が、渦を巻き、宇宙の無限のエネルギーに引き込まれそうだ。

 

 額も無く、格子戸に無造作に貼ってあったほうが、彼女の作品らしい輝きを放つが、薬局での展示では、そうも行かない。

 

 写真右奥の作品は、「朴の木(ホオノキ)」と墨を使った作品。墨と木目が美しい。余談だが、「朴の木(ホオノキ)」の幹皮・根皮は、漢方では、「厚朴(コウボク)」といい、気のめぐりを良くする働きがある。喉が詰まる症状に良く効く。

 

 彼女は、年月と共に、木の作品がねじれて行く様も楽しいと言う。

 

 彼女は、何より、作品造りを楽しんでいる。

 

 今年3月のイベントは、北鎌倉の高台の小さなギャラリーで行われたが、ダンサーはわざわざフランスから呼んでいるし、映像のヒグマ氏も、ウッドベースの吉野氏もプロであるにも関わらず、入場料は無料のイベントだった。

 

 「費用が大変だったでしょう」と言う私に、

 

 「お金のことを考えていたら、何もできない。こんなことをやりたいと話したら、皆、喜んで協力してくれた」と、彼女は答えた。

 

 それから、別の企画で、北鎌倉の円覚寺で、野外に作品を展示したときのこと、雨が降って作品が汚れただろうと心配する私に、

 

 「雨で、作品に泥はねが出来て、もうそれがきれいで、落としたくない」と、彼女は答えた。

 

 自然の変化に身を委ね、変化を楽しむところも、また彼女の作品に自然の無限のエネルギーを感じる所以だ。

 

 私の漢方薬局では、通常のギャラリーのように、作品の魅力を充分に引き出すために、照明を工夫したり、展示空間を設えたり出来ないが、彼女の作品はどんな場所に置いても充分に存在感がある。

 

 どうぞ、静和漢方薬局にお越しの際は、暫し「ぷち・ぎゃらりーin静和漢方薬局」をお楽しみ下さいませ。ご来店をお待ち致しております。

2008年6月20日 (金)

定春&豆子

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豆子 「ねえ、あそぼうよ!」

定春 「俺様は、ねむいんだ。むにゃ、むにゃ…zzz」

いつもハイテンションな豆ちゃん

おじさん化する定春くん…

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お散歩中の豆ちゃん

最近、人には吼えなくなりましたが、

ワンコには、吼えまくります。

早くワンコにも慣れて、仲良くできるといいね。

2008年6月19日 (木)

第13回 自分力研究会 in 静和漢方薬局

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★我が家の庭のモモの実。小さいけれど熟すと甘くなる。

 

 

 616日(月)の午後は、「自分力研究会in静和漢方薬局

 

 午前中、個人セッションをしていた私は、急いで、サンドイッチで昼食を済ませた。個人セッション後、疲れていなかったら、自分力研究会にも参加する予定だった方が、「自分力研究会には来月、7月に参加することにします」と帰宅したので、今日の参加者は、4名の予定から、3名になった。

 

 ずっと参加しているKさんとRさん、新人のYさん。

 

 この1ヶ月の間に、Rさんは、すばらしい経験をしていた。

 

 「女性は弱い、甘える、感情的」と、今まで女性性を否定していたRさんは、第10回と第11回の「自分力研究会in静和漢方薬局」の誘導瞑想で、本当は甘えたかった自分の本音を感じ、それでもなかなかそれを感じているのが自分だと、実感出来ずに居たようだったが、足底の出来物(良性)の手術という出来事を通して(歩けない状態だったので)、充分に実家のご両親やご主人に甘えたとの事だった。

 

 必要な時には「甘えてもいい」と自分を赦したRさんは、力の入ったところが取れて、とてもいい感じになっていた。

 

 Kさんも、自分と向き合い苦しいときを過ごしてきたが、一つ一つ丁寧に感じ受け止める作業を重ねて、今日はずいぶんとすっきりとしている。

 

 「色々なことがやりたくなった。行動的な自分がいるんだと驚いているが、行動してみたら、とても楽しい」とKさん。いよいよ本領発揮という感じだ。チョイ悪さも、出てきて、そんなチョイ悪も楽しんでいる。

 

 新人のYさんのお話を伺って、Yさんも大変なところを通ってきたんだな…としみじみ思ったが、それでも「自分の現実を創っているのは自分自身」だから、それらの経験を通して、Yさんの魂が学びたいことがあったのだ。

 

 「怒りを感じたら、自分がどうかなってしまいそうで、怖い」と言うYさんに、きちんと感じ受け止めたら、むしろ楽になることをお話した。

 

 怒りも、悲しみも、憎しみさえも、深く感じたら、その底には愛があると、今の私は、感じている。

 

 ミッチー先生は、「怖いのは、無意識でいることだ」と言う。

 

 自分の感じていることをスルーさせて、無意識の中に押し込めると、自分でコントロール出来なくなり、却って、怖い。

 

 自分の心を丁寧に感じ受け止めることで、意識化することが出来、自分の意思で選択(コントロール)することができる。

 

 Yさんには、誘導瞑想で、押し込めた自分の感情に焦点を当てて、感じることを経験してもらった。

 

 

 それから、前日、615日(日)の「坂下メソッド・自分力教室」で、「ポジティヴ」と「ネガティヴ」についてのお話をミッチー先生から聞いて、本当にそうだととても感激したので、それを伝えたかったのと、皆さんが「ポジティヴ」と「ネガティヴ」について、どのように認識しているのかを聞いてみたかったので、その話をした。

 

 参加者の皆さんからは、やはり、世間一般の認識に近い答えが返ってきた。

 「ポジティヴ」は、前向き、明るい、楽しい、陽気、etc

 「ネガティヴ」は、暗い、陰気、どろどろ、嫌な感じetc

 

 ミッチー先生のお話は、違っていた。

「 飽くまでも自分を中心として、

『ポジティヴは、自分と統合されたもの』、

『ネガティヴは、自分から切り離されたもの』、

自分のありとあらゆるものを受け入れる、

これが統合されているということ」、

と伝えた。

 

 どんな自分も認めて受け入れていくことは、認める瞬間は苦しいが、認めてしまうと、楽になる。難しいことはない。前述したKさんやRさんの経験も、分離された自分を認め受け入れる作業だ。

 

 Kさんも、Rさんも、自分を受け入れることを通して、より自分らしくなった。

★「自分力研究会in静和漢方薬局」←詳細はココをクリックして下さい。

2008年6月18日 (水)

坂下メソッド・自分力教室

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★我が家のミニトマト。早く赤くなるといいなあ…

 

 

 

 615日(日)の「坂下メソッド・自分力教室」は、いつもに増して、激しく、それでいて穏やかで、深く、明確で、とてもクールで、熱く燃えていた。深い悲しみと深い愛が同居していた。表現が矛盾しているようでおかしいが、これが素直な感想だ。

 

 文章だけでは伝え切れないが、その一端だけでも、ここに記したいと思う。

 

 

 

 ミッチー先生のお話は、「ポジティヴ」と「ネガティヴ」は、どういうことか、から始まった。

 

「 飽くまでも自分を中心として、

『ポジティヴは、自分と統合されたもの』、

『ネガティヴは、自分から切り離されたもの』、

 

 自分のありとあらゆるものを受け入れる、これが統合されているということ。自分の不安や恐れもすべて受け入れる。自分のすべてを受け入れるオーラが、相手を全面肯定するオーラとなる。

 

 一生懸命ポジティヴになろうとするほど、ネガティヴになる。

 

 (一般に言われているポジティヴ・シンキングなどは、ネガティヴな自分を否定し、自分から切り離しているから、一生懸命ポジティヴになろうとすればするほど、ネガティヴになる。)

 

 反対に、ネガティヴを認めていくと、ポジティヴになる。

 

 自分から切り離されたもの、自分が切り離したものが、毛穴から出てくる。

 

 例えば、自分の憎しみ、しかし自分の全部が憎しみではない。自分の中に憎んでいる自分がいるというだけ。

 

 例えばAを憎んでいる自分を認めると、ニュートラルになる。(実は、この瞬間、ポジティヴになっている。)ニュートラルになると、選択できる余裕ができる。

 

 『Aを抱きしめる』という選択ができる。

 

 怒りや憎しみを感じている自分を見る、これは、『選択できる瞬間を見逃すな』ということ。

 

 宇宙は、ネガティヴを悪いと思っていない、ネガティヴにも利用価値がある。しかし、ネガティヴ=否定性、分離の探求は終わり、ポジティヴ=統合の時代になった。この新しい生き方を選択するのは今。

 

 何を選択するかは、個人の自由、その人の選択を尊重しながらも、自分の想いを伝える。自分の存在、生き方を通して、常に発信して行く。」

 

 

 

 兎に角、自分の出来るところから、やって行く。まずは、常に意識的でいる、自分を一瞬一瞬きちんと感じて受けとめる、そして、自分が経験を通して学んだことを発信していく。地道に、真剣に…

 

 

2008年6月17日 (火)

固定概念とサヨナラするとき

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★我が家の庭のミニトマトの花。

今年は、食べられるものを植えようと思い、ミニトマトを植えた。

お隣の建物を背景に入れて撮影したら、ミニトマトの小さな苗が、大木のように見える。

 

 

 

 616日(月)は、午前中は「個人セッション」、午後は「自分力研究会in静和漢方薬局」で、さすがに疲れたが、今の自分の最善を尽くすことが出来た一日だった。

 

 

 

 午前中の個人セッションのクライアントさんは、「○○○はいけないことだ。それをした○○さんは赦せない」と苦しんでいた。

 

 クライアントさんは、○○さんを愛しているし、和解したいと思っているから、なおさら苦しい。

 

 ○○さんのイヤだと思うところを「○○さんは、××だ」と書き出してもらい、

「○○さんは」の部分を「私は」に書き直して、自分を感じる、というミッチー先生から教えてもらった方法もやってみたが、「この中のいくつかは、そうかも知れないと思うが、これだけは、違う。納得できない」と仰る。

 

 私は、ミッチー先生の個人セッションに何度も勉強のために入らせて頂いて「相手をどこまでも肯定する」ことを学んだので、どうしても「○○○はいけないことだ」との考えから抜け出せないクライアントさんに、こう話した。

 

 「『私は』と書き直してもらったものは、文字通りそのまま自分に当てはまるとは、限らないけれど、家に帰って、散歩をしながらとか、お風呂でリラックスしている時にでも、ほんの軽い気持ちでいいですから、もしかしたら、私は、××なところがあるかもしれないと、ちょっとだけ、自分を感じてみて下さい。そこから今まで気付かなかった自分が見えて来るかもしれません。

 

 『○○○はいけないことだ』という、その考えを変えるとか、自分から切り離す必要はないので、自分はこう思うという、それは、そのままにして、これから私が申し上げることを、もしかしたら、そういう見方もあるかもしれない、という軽い気持ちで聞いてください。

 

 『○○さんが、○○○をした』という出来事は、上っ面の出来事の部分だけ見ても、本当のところは分かりません。出来事は一つの象徴であって、それは何を表しているか、そこから何を学ぶかが大切だと思います。もしかしたら、あなたの大切な気付きのために、○○さんはその役を演じていた、ということかもしれません。ちょっと視点をずらして、そういう見方で、その出来事をみてみませんか?」

 

 

 「○○○はいけないことだ」という固定概念は、それ自体悪いものではないが、もし、それが自分を苦しめているとすれば、そろそろサヨナラをする時だ。

 

 その固定概念に縛られているうちは、どんなに考えても、同じところを堂々巡りするだけで、そこから抜け出せない。

 

 私も、そんなことを散々続けて来た。苦しかった。

 

 やっと、父とのことを感じ尽くして、漸く、暴力を振るった父を赦すことができたし、父が私をどれだけ愛してくれていたかを知ることもできた。そこで初めて、父から否定され続けて来たからと父の所為にしていたが、実は自分で自分を否定していたことに気付いた。愛されているのに、愛を受取れない自分にも気付いた。

 

 私は、暴力を振るう役を演じた父から、多くのことを学んだ。

 

 自分の人生で起こってくる事は、どんなに辛いことでも、苦しいことでも、絶対に赦すことが出来ないような酷いことでも、すべて何らかの学びを含んでいる。「自分の人生で起こってくる事を、一つ一つ丁寧に感じ、受け止めて行く。それが自分の人生を生きること」と、ミッチー先生は言う。

 

 拒否せず、決め付けず、本当に、一つ一つ丁寧に感じ、受け止めて行くだけだ。

 

 

 

 クライアントさんは、7月の「自分力研究会in静和漢方薬局」に参加すると仰って、帰って行かれた。一回の個人セッションで、固定概念が外れることは難しい。しかし本人の強い思いがあれば、時間は掛かっても、きっとそこから解放されて、真の自分を生きることが出来るようになる。私がそうであったように…

2008年6月 5日 (木)

尾瀬・燧ケ岳に行って来ました!

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6月1日(日)尾瀬沼から、燧ケ岳を望む。

向かって右側のピークに登ってきました。

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尾瀬沼に沈む夕日。

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6月2日(日)燧ケ岳山頂(2,356m)から尾瀬沼を望む。

お天気は、薄曇でしたが、まずまずの展望でした。

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お約束の水芭蕉も咲いていました。

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尾瀬沼から大清水に下山する。周囲は、ブナの原生林。新緑が美しい。

1月末の硫黄岳以来の久方ぶりの山。

シーズン初めの足慣らしにと出かけたが、やっぱり山はいいなあ…

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フォト

FILM写真

  • 20130910200010028
    2011年5月21日(土)「LEICA M6」 を購入。その後「ROLLEICORD Ⅴ」、「LEICA Ⅲf」、「LEICA M3」を購入。フィルム写真を楽しんでいます。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my worldー風景&HANAー

  • 2014_11_27_eos5dm2_
    「Lumix LX1」、「EOS Kiss X3」、「EOS 5DMⅡ」、「EOS 7D」で、切り取った風景、花。 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my world -定春&豆子-

  • 2013_10_07_eos5dm2_08
    我が家のチワワ定春(♂)&豆子(♀)の写真 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

粘土細工

  • 2013061213_2
    こどもの頃のどろだんご作りを思い出しながら、アニメーション粘土を使って作りました。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.
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