« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月29日 (金)

大きな変革の波を感じた夜

20080228_3

 

★春爛漫:近所のしだれ梅。一年に一回の饗宴。まさに枯れ木に花。見事です!

 (写真をクリックすると拡大します。)

 昨日221日(木)夜は、牧野先生の瞑想会。シリーズ3の4回目。

 このシリーズクラスの概要は「瞑想とは決してどこかに到達することではありません。自然な状態になることです。日常生活のとてもささいなことで、喜びを感じ始めたら、それが精神性の高まった証拠です」ということで、参加する度に、自分の中にある沢山の条件付け、フィルターに気付かされる。

 今日の全体のお題は、「知識からの開放」

 その中の始めのお題は、「学ぶことは学びを捨てること」

 これについて、短い時間瞑想して、参加者それぞれが感じたことを語り、その後牧野先生がお話する。

 「何かを新しく学び、それを理解しようとするとき、以前の知識(条件付け)を捨てる勇気が必要。しかし、捨てたからといって、それがなくなるわけではない。それがフィルターだと理解すれば、必要なときに自由に使いこなすことができる。」

 「考え=自分、知識=自分になっていると、その考え、その知識を捨てると自分の価値が無くなるように思えて恐くなる。知識=フィルターだと理解すれば(気付けば)、恐くなくなる。」

 私にとっては、丁度タイムリーなお題で、今までの漢方薬剤師としての知識を捨てることが何故恐かったのか、はっきりと分かった。これで、すっきりと新しい段階に行ける。

 古い知識を持ったままでは、その古い知識のフィルターを通して見ているのと同じで、新しいものを新しいものとして理解することはできない。「新しい葡萄酒は、新しい皮袋に」という聖書の言葉が浮かんで来た。そしてとても腑に落ちて納得できた。

 牧野先生は、ミッチー先生と根底のところでは非常に似ており、別なところからのアプローチといった感じで、私にとっては、さらに理解が深まる感じがしている。

 さて、次のお題は、「仮説はうそです。」

 これについても瞑想し、感じてみる。

 それは、どういう意味かというと、「自分の体験になっていないと、それは自分にとってはまだ仮説。仮説は、自分で体験(証明)しなければ、何処まで行っても『うそ』。このことを忘れてはいけない。そうでないと、私たちは、いつのまにか、知識の奴隷になってしまう。自分の人生の体験を洞察することで初めて『叡智』が生まれる。」

 今まで、どれほど頭でっかちの知識(フィルターや条件付け)に振り回されて来たことだろう。ミッチー先生と出会って、日々の体験の中で自分を感じ、そこから学ぶことを始めてから、日々が、自分の人生が、自分自身が充実してきて、生きている実感がとても濃厚になった。仮説の中で生きていては、いつまでも人生は希薄なままだ。

 それから、いくつかのお題があって、最後は、「自分を大切にするとは」、「人を大切にするとは」について、瞑想した。

 「自分を大切にするということは、どんな自分でもよいから、自分のままでいること。これが起きれば起きるほど、体験が始まって、オートマティックにチェンジが起こる。どんな取るに足らない自分でもOK。認めよう、愛そう、赦そうとする必要はない。変えようとしないことが、認めること、愛すること、赦すこと。変えようとしなければ勝手に愛が起こる。」

「自分を大切にしている人は、オートマティックに他人を大切にしている。」

 ミッチー先生と出会ってから、どんな自分もそのままを見て認めていく作業をしてきた。いろいろな自分が見えてきて、認めないと苦しかったが、認めてしまえば、とても楽になった。実際自分が体験してきたことなので、牧野先生が言っていることがとても良く理解できた。

 ミッチー先生や牧野先生のような生き方をしている人たちから、さらにその弟子たちへとその生き方が伝わり、一人ひとりが、自分を生きるようになったら、きっと世の中が変わる。大きな変革の波を感じた夜だった。

定春&豆子のライオンキング物語

20080228 200802281 200802282 200802293 20080229_4 200802295 200802296 20080228_2

定春&豆子のライオンキング物語

     豆子は、223日(土)に、2回目のワクチン接種も無事済みました。

(写真をクリックすると拡大します)

左から、

1、ある日のこと、定春君は、自分のソファーでくつろいでいました。

するとそこへ豆子がやって来ました。

2、豆子「そのオモチャちょうだい!」

3、定春「どこに持っていく気だ!」

4、定春「そのオモチャ返せ!」

5、豆子「やだ!これ、あたしのだもん!」

6、定春「よこせ!」、豆子「やだ!」

7、定春「へへ、取り上げたぜ!」

8、定春「俺様は、ライオンキングだ!俺様はえらいのだ!」

注:この物語は、フィクションであり、実在の定春君は、とても優れたベビーシッターで、上手に豆子を遊ばせながら、優しく時には厳しく面倒を見ています。

2008年2月28日 (木)

小さな春シリーズ3

20080224 20080224_2 200802241 20080224_3

小さな春シリーズ3

★我が家の冬枯れの庭で見つけた小さな春シリーズ3。今まさに、「この瞬間」を生きている植物や虫をご覧下さい。小さすぎて、ピントを合わせるのが大変でした。多少のピンボケはご愛嬌です。

(写真をクリックすると拡大します)

左から、

1、ぼけの花芽:写真中央の2個の丸いものが、花芽です。葉ではなく、花の芽です。ほんのり先が赤く色づいた新芽も写っています。

2、ハナミズキの花芽:白い大きな花(花びらに見える部分は実は萼ですが)を咲かせます。花はやがて秋には赤い実になり、野鳥が食べに来ます。

3、ミモザの蕾:線香花火のような感じに黄色い小さな花が沢山咲きます。ミモザは成長が早く、あっという間に、二階のベランダを越える高さにまで成長しましたが、茎が弱く、木というより、巨大な草と言う感じです。

4、セージの新芽:このセージは黒い花を咲かせます。茎や葉は、白い産毛で覆われています。

2008年2月27日 (水)

小さな春シリーズ2

20080224 20080224_2 20080224_3 20080224_4

小さな春シリーズ2

★我が家の冬枯れの庭で見つけた小さな春シリーズ2。今まさに、「この瞬間」を生きている植物や虫をご覧下さい。小さすぎて、ピントを合わせるのが大変でした。多少のピンボケはご愛嬌です。

(写真をクリックすると拡大します)

左から、

1、オダマキ

 冬に地上部分が枯れるので、小さな新芽を見つけたときには、「生きていた!」と感動します。

2、クレマチス

 これも冬には枯れたようになります。枯れ枝のようにみえる蔓から出ている小さな小さな新芽を発見するとうれしくなります。

3、てんとう虫

 落ち葉の下で冬篭りをしていました。農薬を一切使わない我が庭では、アブラムシを食べてくれる「てんとう虫君」はとっても大切です。

4、クリスマスローズ

 新芽は土を割って、むっくりと頭をもたげてきます。あー春だなあ…。

「いま」を経験する

20080227

★写真は、「ルーンの書」とクリア・クォーツの「ルーンの石」です。

 「ルーンの石」には、古代ケルト人らによって、詩歌や石の彫刻、占いなどに用いられたルーン文字が、刻まれています。

 (写真をクリックすると拡大します。)

 「占いなんて…」と、馬鹿にするなかれ。「あなた自身の内なる導き、つまりあなたの中に存在する『あなたの人生でいま知る必要のあることをすべて知っている部分』と接触することにほかなりません」と書いてあるように、ルーンは、自分と向き合うためのキッカケ作りとして、とても良いヒントを得ることが出来る優れものだ。

 ルーンの書の以下の文章を読んだとき、なるほどと思った。

「本当の意味での『いま』を経験することは、多くの人にとってとても難しいものです。……中略……『真のいま』を経験するところからすべてはが始まります。ルーンを使うことによって、理性による判断、条件付けという足かせ、そして習慣による惰性などを避けて通ることができます。ルーンとコミュニケーションするほんの短い間、あなたは自分に対して柔軟性のある、流れに身を任せ変化に心を開いた自由な時間と空間を確保することを宣言しています。」

 「理性による判断、条件付けという足かせ、習慣による惰性」に縛られていたら、確かに「いま」そのものを経験していないことになる。良し悪しを判断し悪いものは切り捨てて真実を見ていないか、条件付けによって何らかの色眼鏡で見ているか、気にも留めずスルーさせているか…

 これは、ミッチー先生が良く問いかける「今、何を感じている?」と通じる。今、この瞬間を感じることが、今を経験することであり、自分を深く知ることに繋がって行く。

 「ルーンの石」は、「理性による判断、条件付け、習慣による惰性」からでは見えない「自分」と、向き合う良いヒントをくれる。そのヒントから、自分を感じることで、より深く自分を知ることができる。

 もちろん、一瞬一瞬自分を感じ、「いま」を生きることが深くできるようになれば、ルーンなどを用いる必要はなくなるが、今の私は、その生き方を始めて、まだ日が浅い。もっともっと自分を知る必要がある。そのためなら、良いと言われるものを何でも利用して行こうと思っている。

 今、私は、メディスン・カード、ルーン、Qカードなどを楽しんで使っている。思わぬ気付きがありとても楽しい。

**********

 写真の真ん中に並べた5つの石は、「5つのルーンによる並べ方」で私が選んだ石。

1、状況の全体像

2、チャレンジ

3、求められている行動

4、犠牲

5、新しい状況

1、「状況の全体像」では、「テイワズ=戦士」の石を選んだ。

 これは、「自分の内面を見つめて、生命の基盤を成す部分まで掘り下げることが要求されている。そうしてこそ、自分の本質の根底にある欲求を満たし、自分の中の最も深遠なる源とつながることができる。根気強くあれ。」

2、「チャレンジ」では、「ブランク・ルーン」の石を選んだ。

 「ブランク(空白)は終わりであると同時に始まりでもあります。これは、完全な信頼を表すルーンです。…中略…このルーンは、あなたの最も深い恐れを表面化するかもしれません。…中略…このルーンは、しばしば何も持たずに虚空に飛び出すのと同じくらいの勇気ある行為を要求します。このルーンを引いたら、それは宇宙(=自分)に対する信頼を直接試されていることになります。」

 ここで、私は、恐れを感じた。十分に恐れを感じてみた。何について恐れを感じているか、自問自答し思いつくことをノートに書いてみた。そして、これは、自分を信じられないところから来ている恐れだと気付いた。自分を信じられないのは自分を知らないから。自分をとことん感じて、自分を知っていこう!とノートに書いた。

3、「求められている行動」では、「イングス=豊饒」の石を選んだ。

 「『イングス』は、『始まりを完了させること』を要求しています」「サイクル・ルーンのひとつである『イングス=豊饒』は、準備することを勧めています。自分の中心にしっかりと腹を据え、地に足をつけ、今まで自分に影響を及ぼしていた時代遅れのものから自分を解放してあげてください。」

 メディスン・カードでも、変容を表す「蝶」のカードを引いたし、古いものを捨て、あたらしいものを始めるときが来ていると、実感し、着々と実行している。「求められている行動」は、今、着々と実行しているので、これでよし。

4、「犠牲」では、「ソウェル=完全性」の石を選んだ。

 「ある人にとっては、このルーンは、心を開いて人生の中で秘密に保たれ閉じ込められていた部分に光をあてよという忠告でもあります。これを成し遂げるには、深い自己認識、つまり自分が長い間否定してきたものを認める必要があるかもしれません。」

 「自分が長い間否定してきたもの」ってなんだろうと、思い巡らし、ノートに書いてみる。昔の自分を思い起こしてみると、コンプレックスの塊だった自分が見えてきた。結局私は自分自身を否定していた。

 絶えずあれこれやっていたので、周囲の人たちには「行動力のある人」と移っていたようだが、そこには、自分の存在価値を確かめようと、次々に色々な事をやればやるほど苦しくなる自分がいた。

 そのときの自分の感情を充分に感じ、それから、私は自分に言った。「大変だったね。あれこれやればやるほど苦しかったね。でも、もうそんなことは必要ない。今の私は、十分に自分を認め、受け入れているから。」

5、「新しい状況」では、「ハガラズ=破壊」の石を選んだ。

 「この崩壊が厳しいものであればあるほど、成長のために、より必要なものが来ているということを忘れずに。『過激なまでの加速』、このことばがサイクル・ルーンのひとつである『ハガラズ』が最も強く作用している時を、良く表現している。」

 崩壊……感じていることをノートに書く。

 何が崩壊する?

 今までの知識、ものの見方、視点、…etc

 自分が成長するのは、楽しみだけど、ちょっと恐い…

 でも、これは自分が望んでいること。

と、こんな具合に、ルーンを気付きのキッカケとして、自分を感じながら、ノートを書き、自分と向き合っている。

2008年2月26日 (火)

ボディーブローのように効いてくる

20080224_2 20080224_3 20080224_4

200802241

★我が家の冬枯れの庭で見つけた小さな春シリーズ1。今まさに、「この瞬間」を生きている植物や虫をご覧下さい。小さすぎて、ピントを合わせるのが大変でした。多少のピンボケはご愛嬌です。

(写真をクリックすると拡大します)

左から、

1、あじさいの新芽

2、カシワバアジサイの新芽

3、山あじさいの新芽

4、ばらの新芽

 223日(土)に春一番が吹いたが、翌日の24日(日)は、一転して、真冬の寒さになった。この日は、久しぶりに家でゆっくり休日を過ごすことにし、庭のバラやその他の植木に寒肥を施すことにした。

 庭と言う限られた人工的な場所では、栄養分の補給をしないと、土が痩せてしまい、春になって、植物の成長が活発になると、栄養が足りなくなるそうな…

 「寒肥は後からボディーブローのように効いてくる」と朝日新聞の園芸欄に書いてあるのを読んで、ボディーブローという言葉のインパクトになるほどと思い至って、早速、福島県の木酢の会社「(有)木紅木」から、木酢で醗酵させ無臭にした馬糞を沢山取り寄せ、バラや植木の根元に鋤き込んだ。

 さて、植物にも寒肥が必要なように、たましいにも栄養が必要であることを、メディスンカード「3番エルク」のカードが教えてくれた。

 メディスンカードでパスウェイ(道)並べを試していたら、うまく行っていない項目で、「3番エルク」のカードが出た。解説書を読むと、「3番エルク」のカードは、「スタミナ」を表していた。

 「スタミナがない?」と一瞬疑問に思ったが、「ひとりで過ごす静かな時も必須の栄養素であることを忘れてはいけない」という解説文を読んで、気が付いた。

 私は、今まで、午後8時頃帰宅し、定春・豆子の世話をし、料理をして食事をする頃には、午後10時をまわっている。食事をしながら、テレビを見て、ニュース番組の梯子をして、気が付くと午前0時、風呂に入って、午前1時頃に就寝というパターンだった。

 最近は、テレビをつけず、「ひとりで過ごす静かな時」を持ち、自分ノートをつけ、自分を感じ、自分と向き合っている。

 このたましいの必須の栄養素は、確実に効いてくる。やがて、大輪の花を沢山咲かせる大きな力になる。

2008年2月22日 (金)

新しい段階へ

20080222_2 20080222

★桜をあしらった九谷焼の香炉で香をたく。伽羅の香りに心が静まる。

(写真をクリックすると拡大します。)

 さて、221日(木)の平日クラスでの、もうひとつの気付き。

 身体の症状を意識の問題(隠れた自分の思い)として捉えようとする時にも、どうしても漢方薬剤師としての知識や経験が先行して判断してしまう自分がいて、頭が締め付けられるように痛くなった。

 固定概念に縛られている自分を感じて、孫悟空の頭のわっかのように頭が締め付けられるのが分かった。

 そして、次には胸が痛くなった。

 固定概念を外そうとして、自分の今までの知識や経験を否定したために胸が痛くなった。

 今までは、今の知識や経験を存分に生かしてやって来た。それはそれで、大いに学ぶこと得ることもあり、それはそれで良かった。

 今、私は、新しい段階に来ている、さらに本質的な癒しを追求し、全く新しいものの見方を学んでいる。変容の時だ。今までのすべてを栄養として、それらを消化、吸収し、全く新しいものを作り上げようとしている。

 私は、鍼灸学校のこと、いろいろな先生について漢方を勉強したこと、漢方薬局を開設してから今までのことを走馬灯のように思い浮かべながら、今までの知識や経験に、「たくさんの学びをありがとう。私は、新しい段階に進みます」と告げた。

すべてを受け止めて、ここに存在している自分

20080221 ★左の写真は、「概念の世界は絵にすると分かりやすい」という事で、ミッチー先生が書いてくれた絵の写しです。

「すべてを受け止めて、ここに存在している自分」を表しています。この絵から、「(お皿の中で)何が起こっても、自分の存在価値(お皿を支えている自分)は、変わらない」ことが理解出来ます。

(写真をクリックすると拡大します。)

 221日(木)は、「坂下メソッド・自分力教室」平日クラスの第2回目。

 「意識と身体の関係」が今日のテーマで、Nさんの貧血という症状を意識の問題(隠れた自分の思い)として捉えるとどうかというところから、まずは、血液は何を意味するかをイメージしてみる…エネルギー、情熱、生命力…

 ここから導き出される推測は…生きる気力を失っている自分がどこかにいる。

→生きる気力がない自分ってどんな感じ?

→無気力、つまんない…

→ここで原点に戻って、何故身体に表れているか

→意識が認めないから、身体に表れてくる

→身体に表れてくるものは、俄かには認め難いもの

→他のことで摩り替えていないか

→やる気がなくなった時ほど、頑張っていないかどうか

→無気力が怖い

 次々と自問自答して行って貧血を意識の問題として捉えた時の、その奥に潜むものを見て行く。

 私は、「やる気がなくなった時ほど、頑張っていないかどうか」とのミッチー先生の言葉にはっとした。私には、思い当たるふしが沢山あった。「このままでは、自分はダメになる」と、無気力な自分を叱咤激励して奮い立たせて来た経験が過去に何度もあった。無気力に対する否定的な思い込みで、自分を奮い立たせていた。

 「無気力を感じ切って、思いっ切り無気力になってみる。無気力そのものは受け入れてしまえば、楽になる。無気力な自分を赦す。落ちる所まで落ちたら、次には必ず浮上する」とミッチー先生は、言った。

 そして、上記写真の絵「すべてを受け止めて、ここに存在している自分」を書いて説明が始まった。

 「喜び、悲しみ、怒り、無気力、無力感、すべてこのお皿の中に入っている。お皿の中身に焦点を当てるのではなく、すべてを受け止めている(お皿を支えている)自分に焦点を当てると、お皿の中で何があろうと、自分の存在価値は変わらない。判断なく受け止めるということは、お皿を支えている自分に焦点を当てるということ。一つ一つの問題を丁寧に受け入れていくことで、お皿を支える自分に焦点を当てることが出来るようになる。」

 私は、以前に比べれば、「判断せず受け止めること」は、だいぶ出来るようになって来ていたが、まだ無気力はダメだと判断していた自分がいたこと、そして、それをカムフラージュするために頑張っていた自分がいたことに気付いた。このことに気付いた私は、また、ひとつ思い込みが外れ、楽になった。

2008年2月20日 (水)

フクロウが舞い戻る

2008022121

★写真は、メディスン・カードの「21番フクロウ」のカードです。

 (写真をクリックすると拡大します。)

Medicine Cards本文より抜粋】

 ネイティブ・アメリカンに伝わるメディスンの概念を理解するためには、「メディスン=Medicine(医術、医学、薬、魔法、魔術、神聖な儀式)」という言葉を再定義しなくてはならない。本書で、「メディスン」とは、大いなる神秘(the Great Mystery)との絆、および、各人と全生命との繋がりを向上させるあらゆる要素を指す。肉体と思考と精神を癒す術はすべてメディスンである。母なる大地へ、そして友人、知人、家族、その他大地を共有するあらゆる仲間たちに絶えずヒーリング(癒し)を起こす生き方はメディスンである。ネイティブ・アメリカン式メディスンの真髄は「宇宙との完璧な調和を保って母なる大地の上を歩く生き方」であるから、すべてを含んだ「人生の道程」がそのままメディスンである。

 メディスン・カード(和訳)は、絶版で、現在市場に出ているものは、中古品。元値は3,800円だが、中古品の価格は高騰しており、1万円以上する。

 私は、Amazonマーケットプレイスの出品者から、カード未開封の新品を1万円で購入した。届いた商品は、確かにカード未開封、本も、外装の箱も新品だったが、カードを調べると、何と「21番フクロウ」のカードが入っていない!

 明らかに新品なので、落丁だ。Amazonマーケットプレイスの出品者から購入したもの(つまり中古品扱い)だし、もう絶版になっているし、駄目かなと思いつつも、諦めきれない私は、駄目もとで、出版社のVOICEに電話をした。

 「Amazonマーケットプレイスの商品ですよね。新品と言うことは有り得ないですよ、云々…」と疑い、「一応、倉庫を調べて、予備があれば送りますよ」と、面倒くさそうに答えるVOICE社員。「きちんと努力して下さるんですよね」と、念を押して電話を切ったが、その気の無さそうなVOICE社員が本気でカードを探すかどうかは望み薄で、ほとんど期待していなかった。

 Amazonマーケットプレイスの出品者にも電話をし、カードが一枚無かった旨を伝えた。「カード未開封だったので、確認しませんでした。残念です。カードが1枚でも欠損しているとAmazonマーケットプレイスにはもう出品出来ないので、返品でも良いし、もし購入との事であれば、3,000円で結構です」との事で、迷ったが、3,000円で購入することにし、7,000円返金してもらうことになった。

 ところが、何と昨日(220日)、「21番フクロウ」のカードが、出版社のVOICEから届いた。

 フクロウが舞い戻ってきた!何事も諦めずにやってみる事だ。こんな些細なことからでも、学ぶことはある。冒頭の抜粋「すべてを含んだ『人生の道程』がそのままメディスンである」とは本当だ。

 ちなみに21番フクロウのカードは、(Medicine Cards本文より抜粋

 「フクロウは、『見えざるもの』を見る力ゆえに『知恵』の象徴とされる。見る力のない者は『まやかし』に欺かれるが、フクロウには正体が見えている。この能力こそ『知恵』の本質である。ギリシャ神話に登場する知恵の女神アテナは、見えない真実を彼女に見せてくれるフクロウを肩に乗せていた。フクロウが死角を照らしたから、アテナは真実の全面(光の部分だけでなく影の部分も)を語った。」

★VOICE社員さん、「本気でカードを探すかどうかは望み薄」などと決め付けてしまって、ごめんなさい。きちんと倉庫を探し、カードを送って下さり、本当にありがとう御座いました。

2008年2月14日 (木)

深山の霊気を堪能する

20080211 200802112 200802113 20080211_2

この写真(クリックすると拡大します)は、地下鉄千代田線・乃木坂駅から、地下通路を通り、階段を登り、もうひとつ階段を登り、国立新美術館の入り口に至るまでの写真です。国立新美術館は、乃木坂駅に直結していて、とても便利です。

 国立新美術館は、かの有名な黒川紀章氏の設計による超近代的な設計の建物です。建物内部の写真は、建築の紹介ページをご覧下さい。

 さて、そこで催されている展覧会は「横山大観展」

 超近代的な美術館内に展示されている横山大観の作品は、人物が何点かあったが、ほとんどは自然を題材にしたもので、深山の霊気溢れるものだった。この展覧会に訪れた人の一体何人が深山を実際に体験したことがあるだろう…

 大都会東京の、超近代的美術館で、深山の霊気を堪能する不思議…

 横山大観の描き出した世界と、日本人の心の中にある深山とが呼応する瞬間…

2008年2月13日 (水)

豆子ちゃん

20080211 20080211_2 20080211_3

 2月2日(土)、我が家に、定春くんのお嫁さん、豆子ちゃん(チワワ♀、生後2ヶ月半)がやって来ました。ロングコートチワワ専門のブリーダー「マジックドロップ」さんから、やって来ました。

 (写真をクリックすると拡大します。)

 我が家に来た日から、よく食べ、よく遊び、夜鳴きもせず、よく寝るので、その点は、手が掛からず助かりました。

 好奇心旺盛で、いたずら大好き。

 スリッパを悪戯するのはまあ仕方ないとしても、靴下を履いた足が、ぬいぐるみに見えるのか、靴下ごと足に噛みつくのには困ります。まあ子犬ですから、仕方ありません。少しずつ躾をして行きましょう。しかし、豆子ちゃん、とっても気が強そうです。負けるな定春!

2008年2月12日 (火)

自分ノート

20080114

2008114日(月)、葛西臨海公園にミッチー先生や仲間たちと撮影会に行った時の写真です。水仙、空、観覧車。大地すれすれまで視点を落とすと、小さな水仙が空に向かって凛として咲く姿は逞しく、雄々しくさえ感じます。

(写真をクリックすると拡大します)

 27日(木)は、「坂下メソッド・自分力教室」平日クラスの第一回目。基礎編と銘打って始まったが、メンバーも訓練を積んで来た面子だったので、いきなりかなりハードなワークになったが、実に充実した会だった。

 私は、自分ノートの付け方を学びたくて参加した。自分ノートとは、自分の感情を深く探り、自分を制限する思い込みを外す作業だ。

 「感情は自分の固定観念から生まれる。もうその固定観念は必要が無いことを知らせるために、感情が動き苦しくなるような現象が起こる。どういう固定観念=思い込みが自分を苦しめているか、ノートを書きながら、自分を感じ、探っていく。自分はこういうふうに思い込んでいるということが出て来るとシメたもの。しかし、思い込みだけになかなか気が付かない。自分で見たくないものなので、うまくカムフラージュしてしまうこともある」とミッチー先生のワークが始まった。

 Tさんが、今、心に引っ掛かっている問題を例として取り上げた時、「調和」というキーワードが出て来た。Tさんは、調和を恐れていた。それは、調和=自分を殺し周囲に合わせること=自分が無くなってしまう、という思い込みから来る恐れだった。

 私は、「自分を殺して周囲に合わせることは、調和ではない。調和は、お互いの違いを認めることだと思う」と発言したが、これでは、Tさんの思い込みは外れない。思い込みを外すためには、頭での理解ではなく、心が納得する必要があるからだ。

 ミッチー先生の指導の下、ノートを書いて、今まで団体の中で、自分を殺し、周囲のニーズに答えて、調和しようとして来た自分を観て行く作業を、丁寧に自分を感じながら行ったTさんは、実は、自分の思い込み=エゴイズムに従って行動していたことに気付いた。

 「恐れの正体は、分からないこと。違うのに、その違いが分からない時、人は恐怖を感じる。違いが分かってしまえば、それは問題ではなくなる。自分のニーズと相手のニーズの違いさえ認めておけば怖くない。自分のニーズと相手のニーズと両方を見て、ボーダーラインを決めて置けば、自分を殺すことも無い。どれだけ自分のニーズが深いかで、アクシデントがあっても乗り越えられる」とミッチー先生は続けた。

 頭の理解だけでは、心は納得しない。自分を感じながら、自分ノートを付けて行くことで、自分の思い込みに気付く、そして、心が充分に納得する、それと同時に、思い込みが自然に外れる。この方法は、個人セッションやグループワークで、クライアントの思い込みを外す手助けをする訓練にもなる。

 私は、今まで、あまり真剣に自分ノートに取り組んで来なかったが、これからは、しっかり自分ノートを付けて行こうと決心した。

**********

 「カードは、ノートを付けるための指針になる」とのことで、メディスンカードの使い方などもやった。

 今後どのように自分を表現して行くかで、迷いの生じていた私は、メディスンカードを引いたところ、「蝶―変容」のカードが出た。解説書を読むと、ちょうど「サナギ」のところで、ピンと来た。

 「アイデアの実現に向けて、私は何かを発展、実行しているか」という問いかけだった。

 自分ノートは、変容のための大きな力となる。ここでも自分ノートを付ける大切さを、「サナギ」のメッセージの中から受取った。

 翌日、早速、お気に入りのノートとペン、メディスンカードを購入し、ノートを付け始めた。

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

フォト

FILM写真

  • 20130910200010028
    2011年5月21日(土)「LEICA M6」 を購入。その後「ROLLEICORD Ⅴ」、「LEICA Ⅲf」、「LEICA M3」を購入。フィルム写真を楽しんでいます。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my worldー風景&HANAー

  • 2014_11_27_eos5dm2_
    「Lumix LX1」、「EOS Kiss X3」、「EOS 5DMⅡ」、「EOS 7D」で、切り取った風景、花。 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my world -定春&豆子-

  • 2013_10_07_eos5dm2_08
    我が家のチワワ定春(♂)&豆子(♀)の写真 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

粘土細工

  • 2013061213_2
    こどもの頃のどろだんご作りを思い出しながら、アニメーション粘土を使って作りました。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.
2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のコメント

無料ブログはココログ