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2006年11月

2006年11月30日 (木)

それぞれの道

 今回で浜松での気功教室が終了したが、終了は、新たな出発だった。

 私は、9月から11月まで月1回、合計3回同行したが、今回は個人ワークのサポートに4回も入らせてもらったし、気功教室、連日夜中の3時頃まで続いたワークなど、とても充実した学びをさせてもらった。

 ミッチーのエネルギーワークを観て、私はエネルギーワークをやって行くという確信を得た。これは、私の出発でもある。

 ひさよちゃんは、今回浜松でモニターワークを行い、ヒーラーとしてデビューした。これも、新しい出発だ。

 気功教室前夜は、主催者であるYさん夫妻のワークになった。奥さんのAちゃんは、独立した人格としてありのままのYさんを認め、愛を持って手放す。旦那さんのYさんはありのままの自分を認め赦す。いままでの二人の関係を見つめ直し、主催者二人にとっても、気功教室の終わりは、新しい出発になった。二人の薬局は、それぞれの特徴を生かしたすばらしい薬局、癒しの場になるだろう。

 1126日(日)浜松気功教室午後の部で、「今ここの気を充分に感じる」時間があった。私は、途中からの参加で、皆さんが気功教室や個人ワークを受け、どれほど変化したか分からないが、「今ここの気」はすばらしいものだった。

 「沢山の道があり、それぞれの道をそれぞれの足で、一歩一歩確実にしっかりと歩いて行く、時には交差し、離れ、別々の道を行く」そんなビジョンを見た。まさしく「終わりではなく出発」に相応しいビジョンだった。

 浜松気功教室は終わったが、それは一人ひとりの人生の船出、新しい出発だった。

エネルギーを使い分ける

 1124日(金)~27日(月)まで、ミッチー先生の出張ワークに同行した。

 今回は、ミッチー先生の個人ワークに3回、なおちゃんの個人ワークに1回、合計4回もサポートに入らせてもらって、「エネルギーの使い分け」を学んだ。

 先回1028日にサポートに入らせてもらった時もエネルギーレベルで、ワークの流れを感じ取っていたので、今回もひたすら「感じる」に重点を置いていた。

 第1回目のミッチー先生のワークでは、体の中心を貫くようなエネルギーを感じた。自分の中に揺るがない自分を発見し、病気も悪くないと思えるようになったというKさん。Kさんが「自分の中心(本質)とより深く繋がることを応援するようなエネルギー」だった。

 第2回目のワークでは、自分を赦す事がテーマだったHさんをサポートする「心の氷を溶かすような温かく柔らかいエネルギー」を感じた。

 第3回目のワークは、なおちゃんのサポートに入らせてもらった。なおちゃんのエネルギーは、女性特有の柔らかいエネルギーで、クライアントさんとの間に温かなエネルギーの交流があった。クライアントのあやちゃんは、妊娠4ヶ月。お母さんになる自信がないとのことだったが、大地のような大きく強い愛のある人で、すてきなお母さんになれると確信した。

 第4回目は、再びミッチー先生の個人ワーク。クライアントのMさんは、溢れる愛の持ち主。ワーク中、私は、Mさんの溢れる愛にエールを送るエネルギーを、胸いっぱいに感じていた。次のステップに進むMさんの背中を励ましプッシュするようなエネルギーだった。

 クライアントによってエネルギーを使い分けるのは、当たり前と言えば当たり前のことなのだが、どうしたらそんなことができるのだろうか…。

 ミッチー先生曰く、

 「エネルギーの使い分けは、自分のコントロールの範囲にはない。自分を信頼し、全面的に委ね、自分のやっていることを手放す。空間のエネルギーを読んで、その時のエネルギーに正直に反応する。一種のチャネリング状態」とのこと。

 いずれにしても頭で考えたって分からない。実践の中で感じ学び取って行くしかない。

 ミッチー先生のエネルギーワークを観ながら、私もこれをやって行くんだと思った。

 漢方相談でも、言葉の部分はホンの僅かで、80パーセントは見えない部分でのエネルギーの交流だ。クライアントを全面的に肯定し、サポートするエネルギーを流しながら、交流することができれば、それは癒しの漢方相談になる。

 職業は違っても本質を表現するということでは、職業ヒーラーでも薬剤師でも一緒だ。職業は一種の道具、アイテムに過ぎない。私は私の土俵で、本質を表現して行くだけだ。

2006年11月28日 (火)

治りたくない自分に気付いた(Ⅱ)

 リウマチの友人と電話で話をした。

 1122日(水)に電話をしたところ、先週は姑に対する怒りだったが、今度は夫に対する怒りが出てきた。

 「リウマチになることによって、恰も腕を刃物で切り落とし血の滴る傷口を夫の目の前に突き付けるように、『こんなに私は苦しんでいるんだ』と言いたかったんだと気付いた」と彼女。

 長年溜め込んだ怒りを一気に出すと危険なので、少しずつ自分の中にある怒りに気付き、それを一つずつ認め赦していくことが大切だ。彼女はとても順調に進んでいる。

 さて、この先はどんなふうに進めていったら良いか、ちょうど1124日(金)~27日(月)まで、ミッチー先生の出張ワークに同行させて頂いたので、聞いてみた。

 「どんなに希望を持とうとしても、希望は持とうとして持てるものではない。ところが塞いでいるものを外すと、自然と希望が持てる。『自分自身を塞いでいるものを外す』そうすれば自然に希望が湧いてくる。

 その次は、『自分の生きる目的』は何かになって来るけれど、『生きる目的がない自分』そういう自分に気付いても、そういう自分を責める必要はない。そこから始めれば良い、ただそれだけのこと」要約するとこんな話だった。

 それから、カウンセリングの時、たまに自信がなくなる事があると話したら、

 「カウンセリングの時、自分は何を感じているかを観ることも大切。もちろん自分にイニシアティブがある事は忘れずに、自分が感じている事を観ながら話すと、相手との心のキャッチボールもスムースに行く。自分の正直な気持ちを吐露して相手の気持ちを引き出すこともできる」いつもながら、深く納得する答えだった。

 今まで、「怒り」や、「こうしなければならない」などの思いが彼女の心を塞いできたが、これが外れると、自然に希望が湧いてくるし、生きる目的もきっと出来てくる。そこに向かってカウンセリングを進めて行こう。

 相手の気持ちを感じ、自分の気持ちを感じ、心を返す、この心のキャッチボールの積み重ねがカウンセリングなんだ。不安を感じている自分を隠さず正直に吐露しても、却って相手の正直な気持ちを引き出す切っ掛けになる…また大きな学びを得た。

2006年11月16日 (木)

親ばか

20061111  この頃、急に気温が低くなってきたので、ついに定春君にセーターを買ってあげました。犬に洋服なんてと思っていたのですが、遺伝的にチワワは寒さに弱いため、仕方ないようです。と言いながら、可愛いしゃれたニットを選ぶとは、私も親ばかです。(左の写真をクリックすると拡大します。)

 先日、武蔵境にある手造りドッグフードの店「Runfree」に行って来た。

 チワワの定春君を連れて、店内に入ると、ちょうどミニチュアダックスフンドの子犬を連れたご夫婦が相談中だった。その子犬は、おやつは食べるが、ドッグフードをほとんど食べないとか…。

 定春君は何でも良く食べるので、さっそく店員さんから試食のドッグフードをもらうと夢中で食べ始めた。すると余りにも夢中で食べているので、そんなにおいしいのかと気になったのかどうか分からないが、ダックス君も定春君のお皿に首を突っ込んで食べ始めた。

 ダックス君の飼い主さんは、「あっ、食べてる!」と驚きの声をあげて喜んだ。

 定春君の何でもがつがつ食べる姿が、ダックス君を変えたのか、兎に角、定春君が役に立ってよかった????

 ランフリーの手造りドッグフードは、人間が食べる食材と同じ材料を吟味して使っているとかで、「飼い主さんもお一つどうですか?」と言われて、食べてみたが、確かにおいしい。

 「栃木県那須の地鳥のササミ・ジャーキーはいかがですか?人間のおつまみにもなります」と言われて、私も試食、確かにおいしい。定春君は次々においしい物をもらえるので、もう夢中だ。

 ランフリーでは、ラム肉、豚肉、馬肉、カンガルー肉、玄米、五穀、野菜、果物などを混ぜ合わせ、ドライフードに加工して販売している。価格は、通常のドッグフードの5倍くらい。定春君は身体が小さいので、がつがつしているとは言え、当然食べる量は大型犬より遥かに少ない。それでも1か月分で15,000円位かかってしまう。

 「大型犬ですと、1ヶ月で56万かかりますね」とランフリーのマスター。あー、超小型犬で良かった。

 市場に出回っているドッグフードは、通常は肥料になるような内臓や骨などを砕いて粉末にしたものを使っているので、実際何がはいっているか分からないし、防腐剤、殺菌剤なども沢山使っているらしい。

 環境汚染、遺伝的要素なども関係しているだろうから、一概にドッグフードの所為とは言えないが、最近アレルギー疾患の犬が多く、食事の相談に多くの飼い主さんが来店するそうだ。

 やれやれ、アレルギーに、糖尿病、肥満、ガン…など、犬も人間と同じ病気にかかるとは、困ったものだ。

 定春君のウルウルの瞳に負けて、パピー(子犬)用のドッグフード「ラム・ポーク&五穀」と「馬肉・ポーク&玄米」、おやつに鳥ササミ・ジャーキーを購入した。あー、私も親ばかだ!

2006年11月15日 (水)

治りたくない自分に気付いた(Ⅰ)

 今、友人は、漢方薬を服用しながら自分と向き合っている。痛み止めも最小限に減らしているので、トイレに行く為に少し歩くだけでも、激しい痛みがある。一日の大半をベットの上で過ごし、ヘルパーさんに家事をしてもらい、お風呂も一人では入れないので、ご主人に入れてもらうような状態だが、魂の進歩はめざましい。

 1031日(水)の電話では、体の調子が悪くても、いつもは我慢して姑の愚痴を何時間も聞いていたのだが、昨日は「今日は休みたいので帰って下さい」と姑に言う事ができた、と言っていた。とってもドキドキしたとのことだったが、いい子で通そうとして我慢を重ねてきた彼女にしては、大躍進だ!

 そして今日1115日(水)に電話をしたら、始めは「ここ2週間は、何の変化も進歩もない」と言っていたが、話していくうちに、大きな気付きの話をしてくれた。

 「周囲の皆が色々心配してくれるのは、有り難いし、治る為に一生懸命漢方薬を服用しているけれど、この間、自分の心の中に鉛の塊のようなものを見つけた。

 それをよくよく観て行くと、姑が喜ぶと思うと治りたくないと思っている自分に気が付いた。」

 「何故、治ると姑が喜ぶと思うの?」と私。

 「私が治れば、姑は、老後の面倒を見てもらえるし、精神的にも依存できるから喜ぶ。姑の娘は、母親が依存しようとするときっぱり切る人だから、姑は私に依存してくる。

 私は、今まで、私は長女だし、夫は長男だし、4人の親を仲良くまとめて全部面倒見るつもりだった。でも、姑の事が大嫌いな自分に気が付いた。姑には今まで散々意地悪をされてきたから、自分が病気になって動けなくなれば、姑の面倒を見られなくなる。これは私の姑に対する復讐だった。」

 「すごい気付きだね。すばらしい進歩だよ」と感動すら感じた私。

 「だけど、そういう自分がイヤ」と彼女。

 「そういう自分を赦すことだよ。姑が嫌い、そういう自分もOK。陰湿な復讐をしようとしていた自分もOK。そういう自分がいる。ただそれだけのこと。そこに良いも悪いも無いよ。

 そういう自分を観ないで、姑を嫌ったらいけないとか、陰湿な自分を亡き者にしようと押し込めるから、益々嫌いになるし、益々陰湿になる。姑が嫌いな自分、陰湿な自分を認めてしまえば、きっと姑のことも何とも思わなくなると思うよ。

 私も、ある些細な出来事で、怒りを感じたとき、自分の中を観たら、炎のような激しい怒りがあることに気付いた。でもそれは良いも悪いも無い。自分の中にあったと言う事だけ。

 でもそれを知っていること、自分の中にそれがあると知っていることはとても大切だと思う。知っていればコントロールすることも容易いからね」と私。

 「自分の闇の部分も認め受け入れた時、光の部分はより輝きを増す」という、以前ミッチー先生から聞いた話や、自分の経験なども交えて話をするうちに、彼女もやっとありのままの自分を認め赦す事が分かった。

 「分かった。嫌うことは悪い事だとの観念から抜け出られない自分がいた。私は姑が嫌い。そこに良いも悪いも無い。素直に認めた。私は姑が嫌い。これから日常の中で一つ一つ自分を認め赦すことを少しずつやっていくよ」と彼女。

 これからの彼女の魂の進歩がとても楽しみだ。私も頑張ろう。私も彼女と共に進歩して行こう。リウマチは、彼女が自分を認め赦していく過程で、徐々に良くなるだろう。自分を赦せば、自分で自分の体を攻撃することはなくなるから…。

 彼女の大きな気付きに乾杯!

2006年11月14日 (火)

まじめでなくていいんだ

 第3回・静和漢方薬局・自分力教室後、ミッチー先生とお話をしていて、妙に納得してしまった事があった。

 ギャンブル依存から抜けられない「普通のまじめなサラリーマン」の夫と、それに悩む奥さんのことをミッチー先生にお話ししたところ、「そこから抜け出るには、まじめでなくていいんだと自分を赦す事だよ」と言った。

 世間で言われる事と正反対なので、始めは「えっ?!」と思ったが、「まじめになろうとするから、どんどん自分をダメな者として追い込んでしまい、ギャンブルに逃げ込むという悪循環に陥る」と聞いて、「なるほど」と納得した。

 そう、何事も、自分を否定しているところからは、一歩も進めず、悪循環に陥るだけなのだ。まず、「ダメと思う自分も素直に認め赦し受け入れる」ことこそが大切なのだ。

 「依存症を治す会」などに出席すると、どうしたらまじめに生きられるかばかりを話す事になる。それでは、ますます苦しくなり悪循環を繰り返すばかりになりそうだ。

 ここは、一発逆転の発想で、「まじめでなくていいんだ」と、まず自分自身を赦すことから始める。これはすばらしい発想だ!

 「どこまでもありのままの自分を認め赦し受け入れて行く」、一貫したミッチー哲学に脱帽した。

静和漢方薬局 第3回 自分力教室

 116日(月)は、「静和漢方薬局・自分力教室」の第3回目。参加人数は3人(私とミッチー先生を入れて合計5人)と少ないが、皆さん第1回から休まず続けて出席している。まさに少数精鋭、3人とも目覚しく進歩している。

 さて、今日のテーマは、「体のメッセージを聞く」。

 ミッチー先生の誘導のもと、自分の体と向き合い、メッセージを受け取るというワークをやった。

 私は、以前20064月2日(日)の気功教室で、気のボールを使ったワークで、脱臼癖のある左肩から「もっと楽に生きていいんだ」とのメッセージをもらった。(詳細は、200644日のブログ「もっと楽に生きていいんだ」をご覧ください。)

 その時から肩はかなり力が抜け楽になったので、今回は別のところかなと思い、体のあちこちを探ってみたが、やはり私の弱点は左肩だった。

 左肩からのメッセージは、「弱いところこそ色々な事を教えてくれる。弱いところこそ自分らしく生きることを教えてくれる」とのメッセージだった。

 そうだ、自分で弱点だと思っているところこそ、自分を知る宝の山なのだ。

 参加した他の3人もそれぞれすばらしいメッセージを受け取った。Aさんは、「時々一人でやってみるがうまくいかない、今日は何故こんなにうまくいったのか不思議だ」と驚いていた。「ミッチー先生のエネルギーレベルが高いからだと思う」などとエネルギーレベルの話をしていたら、何とRa(意識の集合体)の登場と相成った。つづく…

2006年11月 9日 (木)

人の気持ちを受け止める(Ⅰ)

 115日(日)気功教室後の上級編での私のテーマは「人の気持ちを受け止める」ということだった。魂の成長段階として次の段階に入った事をしばらく前から感じてはいたが、最近のテーマは、指導的立場に立った時必要な事を習得するためのテーマであるように感じている。

 Kさん、のりちゃん、ひさよちゃんを相手に、ワークを行ったが、長年、自分の本当の気持ちが見えないような状態で、他者と係わる癖がついていたので、他者のダイレクトな気持ちを受け取ることが怖いような感じがして、なかなかうまくいかない。

 「気付いた時点で80パーセントは達成している」とのミッチー先生の言葉に勇気づけられたが、自分は、他者の気持ちを受け止めることが下手だなとつくづく感じた。

 人の気持ちを丁寧に受け止め、自分の率直な気持ちを返していく「心のキャッチボール」、そんなやり取りは、本当は人間関係の基本なのだろう。

 始めはぎこちなくても、この気付きを出発点として、日々の生活の中で常に意識して、人の気持ちを丁寧に受け止めることで、きっと馴れてスムーズに出来るようになるだろう。何事も日常の小さなことの積み重ねが大切だから。

今年あとわずか何をすべきか

 115日(日)の気功教室の後半で、「今年年を振り返って目標の達成率は何パーセントか?」と問われて、今年の出来事を色々振り返ってみたが、本当に色々な事があり、今年の初めの頃が遥か昔のように思えるほど、濃厚な一年だった。

 2005年は、打ちのめされ、このままでは限界というところまで追い詰められていた。2006年は、自分の心に正直に生きると決めて、そこから大きく変化し、解放され、飛躍した年だった。目標達成率は300%といっても良いくらいの充実感が有る。

 一つ一つの出来事を充分に味わい生きたという実感があるから、時間の幅が限りなく広がり、年の初めが遥か昔のように感じる充実した一年だった。

 今年も残り後わずか、この1ヶ月半の間に、もう一度今年あったことを振り返り、その意味を深く探ってみようと思う。

2006年11月 1日 (水)

仙人のような山小屋の番人

20061030 左の写真は、編笠山2,524mの山頂から撮影した写真です。雲海がとても美しかったです。雲海の向こうに小さく見えるのは南アルプスの山々です。雲海を眺めながら飲む熱いコーヒーは最高の味わいです。(写真をクリックすると拡大します。)

 1029日(日)~30日(月)に、八ヶ岳南部の権現岳2,715m~編笠山2,524mを歩いてきた。

 1029日(日)は、早朝に家を出て、甲斐大泉駅まで電車で行き、天女山入り口まではタクシーを使った。権現岳の前三ツ頭付近から三ツ頭は急登で結構きつかったが、権現岳の山頂からは、八ヶ岳の主峰・赤岳2,899mや阿弥陀岳2,805mが、圧倒的な迫力で、すぐ目の前に迫ってくる景色を堪能した。

 しばし山頂からの景色を楽しんだ後、その日は、権現岳の山頂直下にある権現小屋に泊まったが、まあその小屋のおんぼろさには驚いた。(昔ならいざ知らず、近頃の山小屋は、設備の整ったところが多いので、驚いた。)

 まず、雪の重みで建物が曲がった為か、入り口のドアが傾いて、開け難い。もちろんドアそのものもボロボロだ。

 2階が寝る所になっているが、垂直の鉄梯子で、登る。建物全体が雪の重みで傾いているので、窓側が低い。つまり床が平らではない。

 建物が傾いているので、壁と窓枠の間に隙間がある。

 さらに布団を敷こうと思ってびっくり、布団はビリビリに破けて、中綿が出ている。すると、山小屋のお兄さんが、「まあ、布団が破けているのは、ご愛嬌ということで、アハハハ…。片手で狭い窓から無理やり布団を出して、屋根の上に干すので、破けてしまうのですよ。」

 屋根に通じているのは垂直の鉄梯子。鉄梯子につかまりながら片手でやったら、まあ、あちこちに引っ掛かってバリバリになるだろうな、と納得。

 夕食はカレー。山小屋のお兄さんは、5月の連休前から山小屋にいるが、毎日カレーだとか。お兄さん曰く「毎日夕食はカレーです。昼は毎日チャーハン。ぜんぜん飽きません!」

 お兄さんは一人で、この山小屋にいるが、大きな山小屋より気楽で良いとか。週に2~3回は、歩荷(ぼっか)で、60㎏の荷物を里から担ぎ上げるそうだ。その他登山道の整備、蒔き割りなど結構やる事はあるとのこと。

 今時、歩荷とは驚いた。ほとんどの山小屋がヘリコプターを使って、物資を運んでいる時代なのに、ここでは、シーズン始めに灯油と米をヘリコプターで運ぶが、後は歩荷だそうだ。

 毎日カレーとチャーハンでも、すごい体力だ。

 水道も電気もない。水は天水(雨水)を沸かして使う。テレビももちろん無い。明かりは、灯油のランプだ。

 お兄さん曰く「ここは気楽で良いです。大きな山小屋では、飯のしたくと掃除に追われて、たいへん。ここでは、歩荷で外にも出られるし、気ままです。やる事も結構あるけど、夜になれば、ひとり静かに酒を飲んで、寝れば朝が来る。」

 仙人のような生活をしているお兄さん。

 「気圧が低いので、ご飯は、圧力鍋で炊くんです。水加減が難しいんですよ。カレーも圧力鍋で作ります。そうじゃないとジャガイモが中まで柔らかくならないんです。」

 ランプのほの暗い明かりと、薪ストーブのパチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、夕食のカレーを食べた。お兄さんの炊いた炊き立てのご飯とカレーは、案外おいしかった。

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フォト

FILM写真

  • 20130910200010028
    2011年5月21日(土)「LEICA M6」 を購入。その後「ROLLEICORD Ⅴ」、「LEICA Ⅲf」、「LEICA M3」を購入。フィルム写真を楽しんでいます。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my worldー風景&HANAー

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    「Lumix LX1」、「EOS Kiss X3」、「EOS 5DMⅡ」、「EOS 7D」で、切り取った風景、花。 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my world -定春&豆子-

  • 2013_10_07_eos5dm2_08
    我が家のチワワ定春(♂)&豆子(♀)の写真 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

粘土細工

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    こどもの頃のどろだんご作りを思い出しながら、アニメーション粘土を使って作りました。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.
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