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2006年8月

2006年8月22日 (火)

複線軌道2、悲しみ

 私の薬局を名指しで誹謗中傷する個人のブログを見た。

 ガンの患者さんのブログだった。

「どなたか静和漢方薬局の事をご存知でしょうか?

銀河水なるものを高額で売りつける悪徳業者だと聞いたのですが。。。

気持ちも弱った病人をむさぼるような悪いヤツらは、おーしおきよ!!

(セーラームーンより)

 「何故この人はこんな事をするのだろう」と見知らぬ相手に怒りと憤りを覚えた。「どうしてくれようか」とあれこれ考え、むしゃくしゃしたが、ふとした瞬間に「あっ、この人は悲しいんだ」と感じた。

 そして、「この人は悲しいから、こんなことをしたんだ」と分かったら、攻撃する気持ちも、怒りも消えた。

 父のことを「愛がほしかった悲しい人だった」と分かったら、暴力を振るった父親を赦せたのと同じだった。

複線軌道1、愛がほしかった

 プロ養成コース・上級編での複線軌道。

 ありちゃんが、親を乗り越え、大きく飛躍するためのチャンスであった出来事の話から、反骨精神の話になり、ひさよちゃんが親父を殴ったことでお互いの理解がより深まったという話をした。

 その時、私の中には、父親に暴力を受けたときに「何故殴り返さなかったのか」との想いが、怒りと悔しさと共に湧き上がってきた。そこには、まだ父親を赦していない自分がいた。(父親は2年前に亡くなったが…)

 その後の「鏡になる」ワークでのこと。なおちゃんが鏡の役で、私となおちゃんは、ひたすらお互いの目をじっと見つめ続けた。

 すると、私の中に悲しみが湧いてきた。ミッチー先生に「何を感じている?」と聞かれ、「悲しい」と答えると、涙が溢れてきた。

 なぜ悲しいのかと自分の心に問いかけると、「愛がほしかった」との言葉が出てきた。その時、「父もそうだったのだ」と分かった。

 父も「愛がほしかった悲しい人だった」と分かったら、暴力を振るった父親を赦せた。怒りや悔しさも消えた。

プロ養成コース・上級編「鏡」

 気功教室後の薬局でのワークが、プロ養成コース・上級編として復活した。(うれしい!!)

 ○ちゃんが、親を乗り越え、大きく飛躍するためのチャンスであった出来事は、○ちゃんの父親がミッチー先生を攻撃する形で起こった。

  間違ってはいけない!これは、親子の問題であって、本来ミッチー先生は全く関係のない立場だ。

 さて、そこから、ワークが始まった。

 「何故、ヒーラーが攻撃の対象になるか分かる?ヒーラーが『鏡』になるからなんだよ。その鏡に自分が映し出されるから、人は、ヒーラーを攻撃する事によって、認めたくない自分を攻撃するんだよ」とのミッチー先生の言葉から、「鏡になる」ワークが始まった。

 鏡になる役目の人と、そこに自分の心を観る人の役に分かれてワークが始まった。お互いの目をじっと見る、ただそれだけのワークだが、相手の心を映し出す鏡になるためには、出来るだけ自分の心がクリアであることが要求される。

 始めに鏡になる役をやったが、「無」になることはなかなか難しい。具体的にどうしたら良いか分からない。

 するとミッチー先生が、「無になろうと意識した時点で、無ではなくなる。自分は自分の本質とひたすら繋がるだけ」

 今回は初めてだったし、うまくいかなかったけど、瞑想をしている時のような状態だと分かった。薬局でのカウンセリングで実践に使ってみよう。

 Raチャネリングも久しぶりにあって、上級編第一回目のワークはとても中身の濃いワークだった。Raには、「やがて漢方薬も必要なくなるでしょう」と言われ、それに向かっている自分を新たに認識した。

2006年8月19日 (土)

たましいが求めるもの2

 7月下旬頃だったか、ヨーガの帰りに皆で飲んで、その折に、Dさんの話を聞いた。息子も娘も優秀な子だったが、息子は引きこもりになり、娘は不登校で自殺未遂まで図った、それを苦にして奥さんはガンになったとのことだった。幸い奥さんのガンは大事には至らず、現在は小康状態を保っているとの事だったが、Dさんの後姿は、「何故?」という思いと悲しみに満ちていた。

 そのDさんが、昨日薬局に尋ねてきた。

 そこで私はこんな話をした。

 「7月に息子さんや娘さんの話を聞いた後、思ったんだけど、特別悩む事じゃないと思うよ。生きて行く上での一つの過程として、引きこもりになったり、不登校になったりしているだけだから、息子さん娘さんを信じて待つだけでいいと思う。むしろ変わらなければならないとしたら、父親であるDさんの方かもしれないよ。良い大学を出て、大企業に就職して、それが幸せな人生などと考えていると、無言の圧力を子供たちにかけることになるからね。」

 するとDさんは、「息子や娘には、何かを押し付けたとかそういうことは無かったけど…自分の家系は口下手で、特別な能力もないけど、努力して勉強だけはできた。努力して勉強すれば道は開けると、息子や娘にも言ってきた。息子は国立大学に入ったがほとんど行かずに8年間学費だけ払い続けた。娘だって東大へ行くのが当たり前くらいの優秀な高校に入ったのに、受験のためだけの勉強がいやになって不登校になってしまった」と言う。

 「そこだよね。息子さんは、自分の心の矛盾が見えてしまってそれを無視できなくなってしまったんだと思うし、娘さんは現行の高校教育には納まらないすばらしい能力を持っているから、先が見えてしまって、受験の為だけの勉強に嫌気がさしてしまったんだと思うよ。息子さんも娘さんもすばらしい。何の問題も無い。Dさんの中にある『こうじゃなきゃならない』という考え方こそ問題だと思う。世の中良いも悪いもないし、こうでなければならないなんてことは何も無い」と私。

 「そうだよね。最近やっと、そういうところが少しずつ分かってきた。でも自分を変えることは難しい」とDさん。

 「頭で考えたって分からないし、自分を変えようとしてあれこれやっても余り意味はないよ。まず、自分を知る事が一番大切。自分を知るには、一瞬一瞬、自分が感じていることを丁寧に掬い取ること。小さい頃は自分が感じたままに話し、感じたままに行動していたのに、成長するにつれ、いろいろな枷を嵌めて、何時の間にか、自分の心は深く押し込め見ないようにして、頭で考えて行動するようになってしまっている。自分の感じている事を丁寧に掬い取っていく事は、自分の心を取り戻すことだし、自分を取り戻す事でもある」と私が話すと、

 「掬い取る。うーん、いい事を聞いた。少しずつやってみるよ」とDさん。

 Dさんは、大企業で技術畑を一筋に歩んできた。感情や心は隅に押し込んで、頭で考え、理屈で生きて来た。でも、50を過ぎて、自分の心と向き合わざるを得なくなった。私は、Dさんの置かれた現実を見て、「これも自分のたましいが求めて、自分自身で造り上げている現実なんだなあ」としみじみと思った。

たましいが求めるもの1

 リウマチの友人が言った、「試練って、それによって磨かれる為だって言うけど、何の為に磨かれなきゃならないんだろうね。こんな痛い思いをするくらいなら、もう普通でいい、原石のままでいい…」

 リウマチの痛みの為に苦しんでいる友人の言い分も分かる。でもね、きっとあなたの魂が求めているんだと思う。磨かれ輝く事を。

 自分の魂が求めているところを目指して、他の誰でもない自分自身が現実を造りだしている。だから、この現実の中にあって、たましいが求めているところを丁寧に掬い取って見て行くしかない。自分のたましいがより自由に輝く為に。

2006年8月15日 (火)

人生という舞台の演出

 しばらくぶりに、いなかに帰省した。

 今回の帰省時に、坂東玉三郎と鼓童の共演による「アマテラス」の練習風景と舞台のDVDを見た。その舞台で、姉の友人であり私の陸上部の先輩でもあった小島千絵子さんは、アメノウズメの役で民族芸能に根ざした創作舞踊を踊った。

 小島千絵子さんは、美大卒業後、佐渡の太鼓集団「鬼太鼓」に入り、その後「鼓童」の立ち上げに創設メンバーの一人として加わった。舞台はすばらしく、20代からずっと真っ直ぐに自分の道を突き進んできた千絵子さんがとても眩しく見えた。

 今まで個々の演奏が中心だった鼓童にとって、一つの物語に沿った舞台を作り上げることは大変だったようだが、坂東玉三郎の演出によって見事な舞台が出来上がった。

 玉三郎の演出の言葉がすばらしかった。「その人の本質を見て、どのような方向へ持っていったら良いかを見通せなければ演出なんか出来ない」と言うような内容の事を言っていた。

 これって、ミッチー先生が私に言った事、「その人の着地点を見通す」カウンセリングと同じだと思った。私も言わば、人生という舞台の演出家の役割を担っているということ、大きな喜びでもあるけれど、大役でもある、これは大変だ!

 千絵子さんを見て、眩しいと思ったと同時に心がさわいだ。自分は自分の思う道を存分に突き進んでこなかったという焦燥感のような感覚だった。しかし、自分は、これからだ。「人生と言う舞台の演出」に係わっていく大仕事が待っている。

2006年8月 6日 (日)

更なる高みを目指して

 このところとても気が充実していて絶好調の日々を送っている。しかし、これでいいと言う地点はない。きっと生きている限り進化発展していく、何故なら、止まったらそれは死であり、途端に腐り始めるから。

 今日の気功教室では、更なる高みを目指すビジョンを与えられた。一生懸命山を登って頂上に着いたと思ったら、その先にはさらに高い天を貫いて聳える孤高の山々が連なる、そんなビジョンだった。

 今日、ミッチー先生から出されたお題も難しかった。「その人の着地点を見通す」、難しいお題だが、カウンセリングは、ただ病気が治ることを目指すだけではなく、さらにその人が、どのような着地点を目指したら自分の人生を充実して生きる事が出来るようになるか、そこまで見通していなければ、筋が通らずにぶれる。

 きっとその人の本質をより深く感じ取ることによって、その人の本当に目指している着地点も分かってくるのだろう。本人さえ気付かない本質とその先を見通して、気付きを促すカウンセリング、これぞカウンセリングの真骨頂!すばらしいお題をもらった。更なる高みを目指して行こう!ミッチー先生ありがとう!

2006年8月 4日 (金)

準備は出来ていた

 729日(土)に問い合わせメールを開いてびっくりした。

 「助けてください。リウマチになってしまいました。リウマチと判ってから3年になりますが、この1年間がとてもつらい症状です。新薬を勧められています。こわくてやりたくありませんが、痛みを我慢するのも限界にきています。手の空いたときに電話をください。留守電になっていますが、声を聞いてこちらからかけ直します。」

 高校時代の友人からだった。

 大学も専攻も違ったが、19歳の時、色々な事があり、共にキリスト教の洗礼を受けた。

 10年位前、私が悩みの中にいた時は、毎日のように長電話をして、話を聞いてもらっていた。やっとその悩みから抜け出すことが出来てからは、電話をかけないようにした。何故なら、彼女は優しくて、色々な人から相談を受けることが多くて大変だと思ったからだ。

 そして、何時の間にか、10年の歳月が経った。

 さっそく電話をすると、痛々しいくらいの涙声で「痛くて、痛くて、辛い」という。自分では動けないので、ヘルパーさんに来てもらって、食事作り、掃除など身の回りの世話をしてもらっている、風呂も一人では入れず旦那さんが帰ってきてから入れてもらうという。

 電話なので姿は見えないが、余りの変わりように驚き、「何があったの?」と聞いたところ、「この10年本当に色々な事があって、本当に辛かった」という。

 妹さんの上の子供が腎臓ガンになり下の子を預かり面倒をみていた、自分の開いていた塾の子供の父親が焼身自殺をした、尊敬し慕っていた恩師が亡くなった、などなど彼女にとって辛いことが沢山あったという。きっと、優しい彼女は、そのたびに自分を責めてきたのだろう。

 「リウマチは、自分を責める心からなる病気だよ。自分を責めて、自分の身体を攻撃してしまうんだよ。

 色々な事があって、何も出来なかった自分を責めているんだと思うけど、キリスト教の本質って、愛と赦しだと思うよ。

 神とか、宇宙とか、大きな存在は、キリスト教という狭い枠内だけでは捉えきれないと思う。今の私は、もうキリスト教という狭い枠に囚われていない。でもだからこそ、キリスト教の本質も良く分かる。

 まず、自分を赦すことをやってみて。自分を赦すことが、治るためには一番大切なことだよ。」

 彼女は泣きながら、「そうだね。そうだね」と何度も繰り返していた。

 「何故もっと早く連絡をくれなかったの?」と聞くと、「何とかこっちでやれるだけやってみようと思った。でもステロイドを使ったら、白血球が急激に増えて白血病のような状態になってしまうし、医者から出ている漢方薬では少しも良くならないし、もう痛くて痛くて、どうしたら良いか分からなくなってメールしたんだよ」と彼女。

 病院からは、漢方薬が出ていたが、医師の漢方薬の使い方は、西洋医学的で、患者の体質を見ずに、病名で処方を選ぶ傾向にある。「痛みのため食欲が落ち、やせ細り、体力が落ちた陰病虚症」の彼女に処方されていた漢方薬も、体力のある人向けの麻黄(まおう)の入った処方だった。

 早速、身体全体の状態を電話で問診し、彼女に合った「気血を補って、血流を良くして、身体を温め、水回りを良くする漢方薬」を送った。リウマチは、冷えと水滞から起こる。

 体を冷やすような果物、トマト、なす、イモ類、きのこ類などは控え、玄米、根菜類、梅干、黒ゴマなど身体を温めるものを中心に食べること。食事は一日一食しか食べていないとのことだったので、ヘルパーさんに玄米・黒ゴマ・梅干のおにぎりを作ってもらい、出来るだけ小まめに食べるように話した。まずは基礎体力をつけないことには治る力は出て来ない。それから、半身浴を毎日出来る限りやって、身体を温めることなどをアドバイスした。

 漢方薬を送ってから5日後の84日(木)、山から帰って電話をすると、5日前と違って、声に力があった。

 「だいぶ力がついてきたね。声が5日前とは違うよ。この調子で行けば必ず治るから大丈夫。きちんと漢方薬を飲んで、ご飯をしっかり食べ、半身浴をして、疲れたら寝る。それから、自分を赦す。きっと治るよ!」と私。

 「ヘルパーさんにも声に力が出てきたと言われたし、ご飯も食べられるようになった。自分を赦すって、一番難しいけど、少しずつやってみるよ」と彼女。

 彼女がメールをくれた時、私の準備は出来ていた。10年前より漢方の腕は格段に上がっていた。どこをどう補えばよいか良く分かるようになっていた。病の奥にあるその人の生き方と直結する問題点も見えるようになっていた。10年前は彼女に散々世話になったが、今度は私が彼女の役に立つ番だ。

ステキな夫婦

 83日(木)に、高松のまつげちゃんのエッセイが某製薬会社のグランプリに輝き、東京で表彰があったので、お祝いに駆けつけた。

 私が行く時間が遅かったので、羽田空港の出発ロビーで、一緒にお茶を飲むくらいの時間しかなかったが、「出来るだけ正直に思いを伝え合う」という、まつげちゃん、トモシー夫婦の関係は、とてもステキだ。

 「出来るだけ正直に思いを伝え合う」とは、なかなか簡単なようで難しいことだ。自分の事を振り返ると、何だか胸が痛い夜だった。

水・風・光

 20060802

★遠くに槍ヶ岳を望む。(写真をクリックすると拡大します。)

     

  729日(土)の夜行バスで、富山に行き、折立から太郎平、薬師沢、雲ノ平、高天原、岩苔乗越、黒部源流、三俣蓮華岳(2,840m)、双六岳(2,860m)、新穂高温泉まで、毎日8時間から10時間近く、4日間、山を越え、谷を越え、歩いた。

 黒部源流は、雪解け水が山の斜面のあちこちから流れ出し、そこかしこに小さな清流が出来、大きな沢の流れと合流して行く。あの有名な黒部ダムに至る膨大な水は、周辺の北アルプスの山々から流れ出した水が合わさったものだ。沢沿いには、高山植物が群生し、可憐な花を咲かせている。まさに天上の楽園だ。

 時期的(雪解け、梅雨明け)にも水の豊富な時だったのか、水の持つエネルギーに圧倒された。水はどこまでも透明で、美しく、力強い。足をつけると痛いくらいの冷たさだ。

 薬師岳(2,926m)、水晶岳(2,978m)、赤牛岳(2,864m)、鷲羽岳(2,924m)などの山々が圧倒的な存在感を持って目の前に迫り、遠くには、槍ヶ岳(3,180m)、大天井岳(2,922m)などの3,000m級の山々が連なる。

 水・風・光、自然のエネルギーは、どこまでも透明で、美しく、力強い。圧倒的なエネルギーに時を忘れた。

 8月2日(水)の夜に東京に帰って来た時は、浦島太郎のような感覚だった。

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フォト

FILM写真

  • 20130910200010028
    2011年5月21日(土)「LEICA M6」 を購入。その後「ROLLEICORD Ⅴ」、「LEICA Ⅲf」、「LEICA M3」を購入。フィルム写真を楽しんでいます。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my worldー風景&HANAー

  • 2014_11_27_eos5dm2_
    「Lumix LX1」、「EOS Kiss X3」、「EOS 5DMⅡ」、「EOS 7D」で、切り取った風景、花。 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my world -定春&豆子-

  • 2013_10_07_eos5dm2_08
    我が家のチワワ定春(♂)&豆子(♀)の写真 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

粘土細工

  • 2013061213_2
    こどもの頃のどろだんご作りを思い出しながら、アニメーション粘土を使って作りました。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.
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