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2006年6月

2006年6月27日 (火)

選択

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624日(土)、仕事が終わってから、夜行バスで、尾瀬に行った。25日(日)早朝に鳩待峠に到着、山ノ鼻から尾瀬ヶ原を横切って、三条の滝へ行き、温泉小屋に宿泊した。

5月のまだ雪深い時でも燧ケ岳に登ったし、秋に来た時には燧ケ岳と至仏山の両方に登った。お天気が悪ければ登山は諦めようと思ったが、時折日が差す、まずまずのお天気なので、26日(月)は、燧ケ岳に登って大清水に出ようか、疲れているので今回は無理をせず、尾瀬沼周辺を散策するだけにしようか、迷った。

尾瀬ヶ原や尾瀬沼だけではどうも物足りないが、ここの所、薬局が休みの時も、研究会や気功教室、ワーク、合宿などで、ゆっくりと身体を休める時間が無く、その上、夜行バスで睡眠不足。どうしようか…

そんな事を考えながら、布団の上で、軽くヨーガをして身体を緩め、瞑想した。

「あなたは自分の事は自分で良く分かっています。」

「自分の選択を信じ、自分が選択した事を楽しみ味わって下さい。」

そんな言葉が心に浮かんできた。

次の日、目が覚めたら、午前6時頃だった。燧ケ岳に登るのなら、午前4時半には起床して、5時頃には出発しなければ余裕のある山行は出来ないので、起床が午前6時になった時点で、燧ケ岳登山は諦めた。

その日は、曇りだったが、時折日が射して、燧ケ岳の山頂が見えるたびに、「あー登ればよかった」と残念に思ったが、瞑想の時に心に浮かんだ言葉を思い出し、自分の選択を信じ、選択した事(今回は燧ケ岳登山を止めて尾瀬沼周辺の散策を選択した)を楽しみ味わうことにした。

いつも強行軍の山行をしていたが、のんびりとした散策もたまには良いものだと、尾瀬沼を眺め、周辺に咲く花々を見ながら思った。今日は身体が疲れていたので、体力を消耗しない散策程度で良かったのだ、これは偶然こうなったのではなく、自分の事を良く分かっている自分の選択なのだ。

小さなことから大きな事まで、人生ではいつも選択の連続だが、自分の選択を信じ、自分が選択した事を楽しみ味わうことの大切さを知った山行だった。

2006年6月22日 (木)

心を見る

 薬局開業当時からのお客さんで、看護師のSさんが薬局に来た。最近、しばらく良くなっていたアトピーが悪化している。責任ある立場になり、上司にも、部下にも気を使う。自分の気持ちがうまく伝わらない。仕事上のストレスが強いと言う。

 私と同じく癒しに関わる仕事をしているので、まず自分を赦しありのままを受け入れることをお話しているうちに、Sさんは「何だか、涙が出てきちゃった」と涙ぐんだ。

 早速ミッチー先生に訓練を受けた事を実践した。

「大丈夫。Sさんには、大きな愛があります。仕事に対する強い責任感があります。すばらしい行動力もあります。自信を持って下さい。」と私。

すると、「とてもうれしい」とSさん。

 今までの私なら、出てきたアトピー症状を漢方薬で何とかする事ばかり考えたが、今の私は変わった。

「今出ているアトピーの症状は、自分自身からのメッセージだから、そこできちんと自分自身と向き合ってそのメッセージを受け取って下さい。上司や部下の所為ではなく、自分が気付く為に自分が引き寄せている出来事なのだから」とSさんには伝えた。

 Sさんにそう伝えた時、私は確信した。「Sさんは、ここから学ぶべき事をしっかりと学んで大きく飛躍する。そして、きっとアトピー症状も良くなる」と。

 Sさんにもお話したが、今振り返ってみると、自分が大きく変わった転機となった出来事は、昨年20054月~9月のインフルエンザ脳症で寝たきりとなった男の子とそのお母さんとの出会いだった。

症例「インフルエンザ脳症後」にもその経過は書いたが、最後の結末は、中枢に作用する強力な抗けいれん剤「デパケン」中止後、嘔吐が出て、食事、水、漢方薬他がほとんど入らなくなって、病院へ行ったところ、医師に散々な事を言われ、脅され、それが全部、私のところに「怒り」となって帰ってきた。

何故、このような結末になったのか。当時は、自信を失くし、ただただ激しく落ち込んだだけだったが、最近ようやく、問題は、相手(お母さん)の気持ちを汲んであげられなかったことだと気付いた。

111ヶ月で、カゼ薬の所為で、脳症になり、さらに薬漬けで、身体がどんどんと弱り、肺炎が治らない。何とかしてあげたい、出来るだけの事をしてあげたいと心から思った。その思いだけで、突っ走ってしまった。

お母さんの深い悲しみ、怒り、その気持ちをきちんと汲んでいたら、きっと最後の結末は変わっていた。

カタライザーは高額なので、肺炎の状態がある程度良くなった時に、「経済的に大変なら服用量を減らしましょう」と提案したが、「このまま続けたい」との事だったので、こちらも支払いのないまま送り続けた。何とか良くなって欲しいとの気持ちからだったが、これも問題だった。

「代金を支払って服用する」ということは、「自分が選択し実行している」ということを明確にする。「自分が選択し実行している」という明確な意識は、自分の責任を明らかにする。他人に責任を転嫁しているうちは、何の気付きもない。下手な同情は何の役にも立たないことを知った。下手な同情は、大きな怒りと未払い損金40万円という結果となって帰ってきただけだった。

 結局、私の至らなさの為に、A君にもお母さんにも辛い思いをさせてしまった。

 しかし、ここで私は多くのことを学んだ。それまでの自分は、相手の心を見ずに、身体だけを、漢方薬で、どうにかしようとしていたが、この出来事を切っ掛けに「心を見ることの大切さ」に気付いた。そこから私は大きく変わった。

自分の良いところを信じる

 高松でのワークから、人の良いところを見て的確に表現するワークがずっと続いている。

長野の気功合宿でもカヨちゃんを相手に「あなたには優しさがあります」、「あなたには真実を見抜く鋭い眼があります」、「あなたにはそれを的確に表現する力があります」と3つ良いところを挙げる事が出来た。先日のOさん相手のワークでも的確な表現が「お題」だった。

しかし、これがなかなか難しい。自分の中に苦手意識がある。

先日、気功教室後の薬局でのワークで、ミッチー先生が「自分の良いところをどれだけ信じられるかで、相手の良いところをどれだけ見ることが出来るかが決まってくる。日常の中で、自分の良いところを認める訓練をすると良い」と言っていた言葉を思い出し、お風呂で湯船に浸かりながら考えたが、自分の良いところがなかなか思い浮かばない。

幾ら考えても思い浮かばないので、「私もカヨちゃんのように誰かに自分の良いところを言ってもらいたい。今度の気功教室の時に誰かに頼もう」と思って風呂からあがった。

その後、寝る前に、布団の上で、軽くヨーガをやって身体を緩め、瞑想をした。

すると、出てくる、出てくる、次々と私の良いところが、心に響いてきた。

「あなたには人の良いところをきちんと見ることができる力があります。」

うわー、苦手だと思っていたけど、そうなんだ。

「あなたの存在は、癒しそのものです。」

そうだ、これが私だ。

「あなたは愛そのものです。」

わー、うれしい!

「あなたには、今の仕事に必要な能力がすべて備わっています。」

このまま真っ直ぐ自分の道を突き進めばいい!

「あなたは完璧です。」

そう信じます。

20分くらいの瞑想だったが、「自分で自分のワークをした」と言う感じだった。

2006年6月21日 (水)

自信

 619日(月)に知り合いのKさんがミッチー先生の個人ワークを受ける事になり、同席した。Kさんは、前日の気功教室、その後の薬局でのワークにも参加し、変わり者の集団のような仲間たちと結構なじんで楽しんでいた。

 Kさんは、200人ほどの従業員を抱える会社の副社長。現在はKさんのお父さんが社長さんだが、そろそろ引退を考えているとのことで、30代後半のKさんが、実質的には会社の代表責任者。そんなKさんだが、「自分に自信がない」ということでワークにきた。「自分の言葉が薄っぺらで自己嫌悪に陥る」と悩んでいた。

 さて、自信とは、どこから来るものなのだろうか。

ミッチー先生のお話をその時のメモから再生してみた。

「自分の本音、大元、根源と繋がっていることが、ゆるぎない自信に繋がる。自分の本音はどこにあるか、これは、自分が何を感じているかを丁寧に見ていくことで探っていくしかない。」

 「それから、自分を許し受け入れること。自分をすばらしいと思う瞬間も、自分をダメだと思う瞬間も、共に受け入れる、ただそれだけでいい。自分自身が愛であることが良く分かると、ダメな部分も受け入れることが出来る。この自分で完璧なんだと思えば思うほど、自分を表現するステージを与えられ、そこから大きな飛躍に繋がる。現状の自分を肯定する事から飛躍に繋がる。」

何かが出来るから、社会的地位があるから、お金があるから、そんな事からは自信は生まれない、何よりも「自分に正直に生きること」こそが自信に繋がっていくのだと、ミッチー先生のお話を聞きながら、改めて思った。

Kさんのテーマは、「自分の本質と繋がる」

そしてKさんの宿題は、自分の本質との繋がりを意識する為に

1、自分に問いかける(自分が何を感じているか)

2、ありのままを認めていく(ありのままの自分を許し受け入れる)

3、これを確認する為に、ノートに書く

 ミッチー先生のワークは完璧だった。

 Kさんもすばらしい感性の持ち主だから、きっと自分の本質と繋がる事によって、大きな自信を得る事ができるし、すばらしい人生を歩む事ができると確信した。

2006年6月20日 (火)

本質を表現する

 618日(日)の気功教室、昼食後は、例のごとく私の薬局に皆が集まり、何時の間にか白熱したワークとなった。

私に与えられたお題は「的確な表現」そのためには、相手の話を良く聞き、相手の心が何を言っているか、相手の真意を掴む事。そこで初めて自分の真意を的確に伝える事が出来るとのミッチー先生のお話の後に、早速練習が始まった。

いつも相手も自分自身も、理屈で煙に巻くような話し方をして、自分自身にも真意が分からなくなっているOさんを相手に、お題の練習が始まった。練習とは言え、真剣に向き合わなければ、相手の真意は見えてこない。

理屈でOさんに引っ張られてしまい、なかなか自分のペースに乗せられない。自分の気持ちが喉元辺りに引っ掛かっているのか、喉の辺りを盛んに触り続けているOさん。そこにOさんの真意が隠れている。

Oさんの良いところを「優しくなったね」と表現した私に、「その表現では、以前は優しくなかったという否定的な意味が含まれているので、それではだめで、Oさんは本質的に優しいよね、と本質的なところを表現することで、相手に初めて真意が伝わる」とのミッチー先生のアドバイス。なるほどと感服した。

私の練習は終わり、今度はOさんが、カヨちゃん相手にカウンセリングをする立場になった。その中でOさんは、やっと自分の中にある愛に気付き、ナオちゃんをハグする事で、それを表現することが出来た。喉元辺りに引っ掛かっていたのは、Oさんの優しさ、愛だった。それを理屈抜きで素直に表現できて、Oさんは、とてもうれしそうだった。

ちなみに、Oさんは、42歳の男性、坊主頭の見た目は「ちょっとヤバイ」感じ。それが、最近とてもかわいらしく見えるようになったから不思議だ。きっとOさんが持っている「本質的な優しさ・愛」が、堅い殻を破って表面に現れてきたからだろう。

そして、白熱したワークは午後9時ころまで続いた。

 

2006年6月14日 (水)

あなたの中には治る力がある

 昨年秋に始めたガンの患者学研究所(ガン研)の「市川式手当て法・インストラクター講習会」の認定試験が東京では受けられず、京都で受ける事になった。忙しい6月末に京都まで行かなければならない。

  自主練習に遅刻したのが理由で、「遅刻した者には東京での認定試験は受けさせない」とのガン研の川竹代表の言葉に「なんて意地悪なのだ」と腹が立ったが、もう一度「何故私はこのインストラクターをやろうとしているのか」を考えてみた。

  そうだ、私は、「あなたの中には治る力がある」と伝えたいのだ。私の薬局にいらっしゃる患者さんにはもちろんの事、薬局の外にも出て行って出来るだけ多くの人に伝えたいのだ。そのために、このインストラクターをやろうとしているのだ。

  すべての病気(もちろんガンも含む)は、自分自身の中にある「治る力」で治るのであって、今回インストラクターをする市川式手当て法も、その他すべての療法も、漢方薬も、「治る力」を引き出す為のお手伝いに過ぎないが、「ガンは偉いお医者さんしか治せない」と思っている人が大半の世の中で、「あなたには治る力がある」と伝えるための力強い手段になる。

  毎日、こつこつと、漢方薬で、手足温浴で、ビワ葉温灸で、あるいは生姜シップで、身体を温め、少しずつ治る力が湧いてくるのを待つ。世間の大半の人や西洋医学の医師は「こんな事で治るはずがない」と思う「こんなことで」身体は、確実に変わってくる。温かく心地よく、心までも温まってくる。

  病気も含め、人生で起こってくることは、すべて何らかのメッセージを含んでいる。「医師にすべてお任せ」ではなく、自分の人生なのだから自分の責任で、そこに含まれるメッセージを確実に受け止める事が大切で、そうする事で初めて心も体も変化してくる。

  今まで、薬局にいらしたガンの患者さんには、怖くて必ず治るとは言えなかった。でも今なら言える、「あなたの中には治る力があります。きちんと自分と向き合うことで、必ず解決策が見つかります」と。

2006年6月13日 (火)

今ここに存在すること、ただそれだけでうれしい

 65日(月)~7日(水)まで、長野の養生園でのミッチー先生の気功合宿に参加した。

 記念すべき第一回の気功合宿。合宿場所は、私が過去に何回か利用して気に入っていた長野県の養生園を手配し、森の中にひっそりと佇むセルフビルド(養生園のスタッフが自分たちで建てた木と土壁の家)の「森の家」を借り切って行われた。

 ミッチー先生の「現地に着いてからスケジュールは決める」とのことで、全く予定を決めずに、各自現地に集合。しかし、終わってみれば、何と盛りだくさんなことが無理なく自然に組み込まれ、すばらしい合宿だった。

 初日(6月5日)は、1時半に集合、その後、気功をやり、自然の気を身体いっぱいに取り込んだ。森林と沢に囲まれた場所での気功は、東京で行う気功とは一味も二味も違っていて、本当に気持ちが良かった。

 夜のミーティングでは、ミッチー先生のワークモード全開。私は、もう一度自分のカウンセリングについて根底から視点を変えることを学んだ。

高松でも、その人の良いところを観て、それを伝えることで、その人のエネルギーが大きく動き出す事を知ったが、そこをもっと突っ込んで、漢方相談と繋げるとどうなるか。病気の背後にある、その人の生き方と直結する「問題の本質」を理解し、さらにその人の持っているエネルギーを引き出すためのカウンセリング、そのための沢山のヒントをもらった。

また、良いところを伝えるばかりではなく、普段、人には決して分かってもらえないところに共感する事で、相手のエネルギーが大きく動く事も学んだ。良いところしか感じられないまつげちゃんの中にある深い孤独に共感した時、良いところを伝えている時よりも、まつげちゃんのエネルギーが大きく動くのを感じた。

結局、午前3時頃まで、ミーティングは続いた。

翌朝(6月6日)は、9時から気功。その後、雪解け水で水量が多くとても水が冷たくきれいな沢に行って、しばし水に脚をつけたり、沢を眺めたりして、過ごした。

10時半に朝食。外のテーブルで森の木々を眺めながら朝食を摂っている時、太陽の周りを囲むように輪になった虹が出ているのを見て感激。初めて見る「日輪」だった。(ミッチー先生のホームページ「ギャラリー」に写真があります)

12時頃から、近くの原生林で「ビジョンクエスト」を行い、各自が自分の好きな場所に行って、自分と向き合う時間を持った。

私は、大きな木に囲まれた岩の上に半跏趺坐で座り、瞑想した。木々の根っこから発するエネルギーがやがて炎となり、自分のエネルギーと呼応するのを感じた。そして、何故か、ミッチー先生の姿が実際見えたわけではなかったが、ミッチー先生の背中から白い光のようなエネルギーが出て、周囲を包んでいるのを感じた。

以前、ナオちゃんに「Raからの手紙」を書いてもらった時に、「あなたの中にはずっと情熱の炎が絶えることなく燃え続けていました。…中略…あなたにしかその炎を汲み取ることはできません。その炎の正体をご自分で探り出す旅へと一歩を踏み出して頂きたいと切に思います」とのメッセージをもらった。その手紙には、炎の絵と共に、「Passion」の文字が書いてあった。

そう、私は、自分の中にあるエネルギーに今触れたのだと思った。

自然の力強いエネルギー、自分の中にある熱いエネルギー、そしてやさしく包み込むようなミッチー先生のエネルギー。自然と自分と他者とのエネルギーに包まれ、そこに存在する自分が、ただ存在する事、その事だけでうれしかった。

心満たされて、静かに目を開くと、木漏れ日が美しかった。晴れた空から、雨粒が放射状に落ちてきた。天気雨、これも天からの祝福だろうか。

それから、ブレスレットに込められた「自分を深く愛する」のメッセージを感じてみた。すると「孤独」が、大きな黒い塊のようになってどんどん大きくなっていった。困ったと思っていると、その大きな黒い塊は弾けてなくなった。「そうか、孤独も含めて自分、そのまま愛すればいい」そう思ったら、孤独も悪くないと思えた。

原生林から帰って、夕食。7時半からは、石積みの手造りサウナでの「スエットロッジ」。

 各自一人ひとり順番に心からの祈りをささげた。私は、原生林で感じた「今ここに存在する事」そのことに感謝するとともに、今までの人生で関わってきたすべての人達に感謝した。合宿を共にしている仲間たち、養生園のスタッフにも感謝!

 こうして、時間の感覚が無くなる様な、とても一日とは思えないような「永い一日」が終わった。

 合宿最後の日(67日)は、9時に気功、朝食後、合宿のまとめをした。それぞれがこの合宿で感じたこと、得たことを出して、分かち合った。このブログには私が感じたことしか書いてないが、参加した8人全員それぞれにすばらしいものを得た合宿だった。

2006年6月 3日 (土)

水は青くどこまでも澄んでいた

20060528 

 526日(金)、仕事が終わってから夜行バスで、弘前に向かった。

 27日(土)早朝、弘前駅に到着。弘前駅前でレンタカーを借りて、岩木山に向かった。お天気は最高で、残雪の岩木山、りんごの白い花、田んぼの青い苗、新緑と、目に映る景色は、とても美しかった。岩木山の山頂からも、雪をかぶった白神岳、ブナの森などが美しく、360度の展望だった。

 夕方4時頃に、十二湖に到着。青池と、更に奥の沸壺の池を散策した。遅い時間だったので、あまり観光客もおらず、とても静かだった。

 青池、沸壺の池は、池の底まで見通せるほど青く澄んでいた。じっと眺めていると、引き込まれそうだ。

 青池を眺めながら、約10年前に、XJR400(自動二輪です。ちなみに、自動車の免許の他に、自動二輪の中型免許も持っております)に乗って、はるばる東京からツーリングで訪れたことを思い出していた。

 池の水は、青くどこまでも澄んでいた。10年の歳月が流れても、変わらずそこにあった。この10年くらいの間に随分と色々な事があったが、すべてそれで良かったのだと思えた。私の心は、池の水のように静かだった。

 白神岳に登った日は、時折雨のちらつくお天気で、頂上からは何も見えなかった。しかし、ブナの新緑が美しく、霧がかかったブナの森は幻想的だった。土のにおい、木のにおい、山のにおいが心地よく、空気はどこまでも澄んでいて、ほんとうに気持ちが良かった。

 コンクリートに囲まれた東京から、ブナの新緑の森へ、心洗われる旅だった。

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フォト

FILM写真

  • 20130910200010028
    2011年5月21日(土)「LEICA M6」 を購入。その後「ROLLEICORD Ⅴ」、「LEICA Ⅲf」、「LEICA M3」を購入。フィルム写真を楽しんでいます。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my worldー風景&HANAー

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    「Lumix LX1」、「EOS Kiss X3」、「EOS 5DMⅡ」、「EOS 7D」で、切り取った風景、花。 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

Kiss my world -定春&豆子-

  • 2013_10_07_eos5dm2_08
    我が家のチワワ定春(♂)&豆子(♀)の写真 COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.

粘土細工

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    こどもの頃のどろだんご作りを思い出しながら、アニメーション粘土を使って作りました。COPYRIGHT(C) 2000-2016 香花橘時鳥 ALL RIGHTS RESERVED.
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